【KAC4】お前は誰だ?

木沢 真流

第1話 紙とペンと○○

 俺が誰かだって?

 いきなり来やがったくせに不躾ぶしつけなやつだな、お前は。

 まあそうだな、たまには昔話の一つや二つくらいしてもいいだろう。

 最近はだいぶ出番が減っちまったがな、仕事はほとんど若い衆に任せてる。

 ちょっと腰下ろしていいか?


 思い出してみりゃそれはそれは、たくさんのことをやってきた。合法、違法に関わらずな。殺しだって日常茶飯事、狙った輩の預貯金をごっそりいただいたこともある。俺が一声かければそこらのちっちゃい店なんぞ一瞬で潰せる、ちょろいもんよ。

 逮捕? そんなのされるわけねーだろ、やられる方がわりいんだよ。


 それだけじゃねえぜ、俺は政治家ともつるんでんだ。

 俺の差し金で大物政治家がこの前落選したんだ、一方で全然注目されてなかったやつが当選、全部俺のおかげ。

 もっとあるぜ、とある国では戦争を起こさせたこともある。あいつらまるで俺の操り人形だったぜ、笑えるだろ? 俺なんかがきっかけでだぜ?

 まあ結局その後、どうしようもなくなって、俺がその戦争を終わらせてやったがな。


 俺は悪魔かって?

 人聞きが悪いな、せめて神とでも呼んでくれ。


 この前なんかあそこ……あのカメラ作ってる会社、そうそう××の粉飾決算も世間の目に晒したのは俺だぜ、すげえだろ?


 そうそう、勉学だってちったあ興味あるんだ。

 よく俺のところに色々教えてくれって野郎が沢山やってくる、その中の一人はほら、あいつだよこの前ノーベル賞とった。なんだっけな……忘れちまったよ。

 DNAって生命の神秘の構造を世の中に知らしめたの俺のおかげ。青色LEDの発見にだって俺が一役買っているんだ、感謝してほしいもんだよ、まったく。

 まあ俺のおかげじゃないと言い張るやつもそれなりにいるみたいだがな……世知辛いというか、時代は変わったもんだ。

 

 だから、俺は悪いことばかりじゃあないんだぜ。優しいところもあんだ。

 俺の話に感動して涙を流したやつもいたぜ、あなたのおかげで命拾いしましたあ、なんて言ってな。


 まあ色々やってきて分かったことは、結局人間ってもんはなるようにしかならないってことだな。




 もう分かったろ、知らないふりはよせ。

 俺はあんたのお世話を今日もしたぜ、忘れたなんて言わせねーよ。

 もう一度思い出してみろよ、今回のテーマをよ。

 俺は神っていうか……。



 紙にペンで書かれた言葉に、人は感動し、涙し、時には辛酸をなめることもあるだろう。

 紙にペンで書かれた名前で結婚生活が始まり、同じく少し色の違った紙で結婚生活が終わる。

 一国の主人が紙に署名すれば戦争が始まり、戦争が終わる。

 

 ジャーナリストの言葉は時に世論を戦争に向かわせ、時に誰かの命を救う。

 誰かが書いた小説が誰かの心に届き、その人生の一部となる。

 今や電子化が進み、その役割が減ったとは言え彼——紙とペン——の功績は今もなお偉大なものである。


 ペンは剣よりも強し。

 その偉大なる力に人類は喜び、恐れ、涙を流して来た。

 しかしペンも紙も何も言わない、語らない。

 常にあるのは、それを利用する人間に他ならない。


 紙とペンと○◯。 


 その○○に入る言葉がこれからも健やかなものでありますように。

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