お弁当と、第二ボタンと、みずいろブラジャー

人口雀

紙とペンと甘酸っぱい別れ

 春休み三日目、離任式の朝。校門を通りすぎた辺りで肩を叩かれる。

「おはよ!ユージ。」

「あ、先輩おはようございます。」

 見慣れた顔、見慣れた制服の胸の膨らみ、聞き慣れた声。この人は僕の彼女だ。そして四月からは大学生である。

「先輩の制服姿も今日で見納めですか。」

「なーに?やっぱり私が卒業して寂しいの?今からでも卒業蹴って留年してあげよっか?」

「いや、入学ならまだしも、卒業蹴るとか訳分かりませんよ。」

「正直まだ迷ってるんだよね。今からでも校長に頼み込んでユージと一緒にもう一年高校生やろうかなって。」

「止めてください。」

「でもうら若き少女たちの中に愛しい男の子を放り込むんだよ?大学遠いからあまりこっちに戻ってこれないし、お姉さん気が気じゃなくて……。」

「それを言ったら僕だって、うぇいうぇい言ってる大学生の中に先輩を放り込みたくはないですよ。」

「あ、じゃあ留年……」

「けっこうです。」

「ユージはケチだねえ。」

「欲張りなだけですよ。」

「じゃあ欲張りなユージに一つだけプレゼント。」

 そう言うと先輩は僕の背後に回り込み、……あ、いま背中に胸が当たった。僕のズボンのポケットに何かを入れた。

「何ですか?今の。」

 僕の隣に戻ってきた先輩に目を向けながら、ポケットの中身を確認する。水色の、布?

「ユージのえっち。」

「え?って、え!?」

 ブラジャーだった。

「先輩返しますよこれ!」

「要らなーい。」

 両手を後ろに組まれると返しようが無い。周りを歩く生徒にバレる訳にも行かず、慌ててポケットに戻す。

「私に会えない日は毎日挨拶して匂いを嗅ぐといいよ。」

「ちょっと何言ってるか分かんないっす。」

 想像してみると中々シュールな光景だけど。そうこうしているうちに玄関に着いた。

「あ、そうだ先輩。」

「何?」

「そのフクロウの髪留め似合ってます。」

「ふふふ、これはワシミミズクと言うのだよ。」

 そういえば、うちのクラスの女子も少し前にフクロウのTシャツがどうとか言っていた。女子の間で流行ってるのか?フクロウ。

「それじゃあ今日は友達と約束あるけど、さっきあげたのの代わり、後でユージのも頂戴ね。」

「はい、それでは。……っえ?」

 頂戴って何をだ。ブラジャー?・・・まさか。シャーペンとかで良いだろう。

 ブラジャーの入ってるのとは反対側のポケットに手を入れると、半年前に買ったお気に入りのシャーペンと、小さい手帳が手に当たる。忘れないうちにメモしておいた。『ブラジャーのお返し』

 クラスに着いて数分のホームルーム、その後体育館で離任式が始まった。僕たちの担任は来年も持ち上がりらしい。出来の悪い僕にも丁寧に教えてくれる先生なので、少しホッとした。





『離任式は何も持って来なくていいと思うが、連絡があるかもしれないから、念のためペン一本と折りたたんだ紙だけポケットに突っ込んで来ること。』

 と、三日前私たちに言い放った担任が、体育館のステージに立って挨拶をしている。

「……短っ。」

 思わず口に出た。

 どうやら四月から少し離れた高校に移動になるらしい。私はけっこう好きな担任だっただけに残念だ。周りを見渡すと、春休みに入ってから三日目だと言うのに随分と茶色く変色した頭たちが、俯いたり、揺れたりしていた。あと一週間かそこらであれをまた黒に染め直すつもりだろうか。忙しくて裕福な人たちだ。

 ちなみに卒業生はと言うと、在校生よりも更に色が明るくなっていた。このまま年齢に比例して髪色が明るくなるなら、あと十年も経てば暗闇も照らせそうである。ロックミュージシャンの歌に出てきそうだ。

 学校を離れる先生の呼び掛けに反応する人や、すすり泣く人の声に乗じて、隣の春休み前から変わらず金髪の親友のに話しかける。

「この後彼氏と約束あったりする?」

「ないよ。サッカー部でカラオケだって。」

「そっかー。じゃあうちらも行く?」

「男の集団に女子二人とかマジビッチじゃん。」

「いや男子とは別にさ。」

「いいんじゃない?他にも声掛ける?」

「そーしよっか。」

 卒業式ほどではないにしろ、離任式でも涙もろい女子はよく泣いているようだ。やっぱり私って冷めてるのかなーなんて思いつつ、知らない先生の教訓めいた話を聞き流していた。

 仲良しグループのチャットアプリを開こうとして、ふとスマホの壁紙が目に入る。そういえば、卒業式の時に部活の先輩と一緒に撮った写真を待ち受けにしたはずだったのだが、二週間と持たずに元の画像に戻っていた。やっぱり私って冷めてるのかもしれない。

 メッセージを送ってスマホをポケットにしまうと、「カチ」と音がした。画面が傷付かないようにボールペンを入れてるのとは反対側に入れたのに何事か。取り出して見ると、男子の制服のボタンだった。

 卒業式の日、私にこのボタンを押し付けた先輩は今日も来ているのだろうか。まぁ名前も顔もあまりよく覚えていないから見つかるはずもないが。

 少しだけメッキが剥がれている第二ボタン。これもいつかは燃えないゴミに出すんだろうなあ、いつになるかなあ。

 そんなことを考えている間に、頬が少しだけ緩んでいた。……どうやら少し先になるかもしれない。おめでとう、誰かさん。顔も名前もどこにいるかも分からないが、私からの印象は良かったみたいだ。とりあえず賛辞を送っておく。



 ああそういえば、カラオケに行く途中にある公園で、昔の彼氏が彼女と一緒に弁当を食べていた。どうでもいいけど。

 どうでもいいけど、今日の私は第二ボタンのおかげでどうでもいいと思えているのかもしれない。

 ……ま、どうでもいいけど。

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お弁当と、第二ボタンと、みずいろブラジャー 人口雀 @suenotouki

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