世界創世記

凪野海里

世界創世記

 どの世界にもその世界そのものを創った存在がいる。それは果たして、人のかたちをしているのか、あるいは動物か。はたまたそれ以外の存在か。作られた側はわかるはずもない。

 どんな風に世界は創られたというのだろう。人がうまれ、動物がうまれ、自然がうまれ、太陽と月が輝き、雲が流れ行く世界を。誰が創造できたというのだろう。そんなこと、誰も知らない。創ったもの、あるいはそれに関係した人々以外は。

 空を見上げてみよう。どこまでも果てしなく続くその空を。人間というものは、たいていの場合。空が好きだ。鳥に憧れて、飛ぶという行為に憧れている。ゆえに、飛行機を飛ばしたり、気球に乗ったりしているわけだ。自らに翼をもたぬからこそ、代替品を用意して空を飛んでいる気になっている。

 だから簡単に墜落するのだ。創り手はそれを許さない。空を飛んで良いものは羽根を持つ者だけ。人間にそれを許可した覚えはない。動物も植物も意思を疎通させる様々な言語を持ち得ていない。だってそれは人間にのみ許された特権だから。動物と植物はそれに黙って従っている。

 人間だけだ、あそこまでするヤツは。

 空に憧れた彼らはやがて、さらにその先――宇宙を目指すことにしたらしい。ロケットなるものを創り、もっともっと上に行くことを望んだわけだ。


 やばいやばい。


 創り手は慌てて空より先を創造した。どんなのがいい。いいや、とりあえず黒く塗りつぶせ。で、適当に星を作ろう。星――そうだな。ただの星ではまずい。人間を作るべきか。けれど人間と似たようなものが目の前にいたら、人間はびっくりして腰を抜かすか。もうちょっと頭をひねって考えてみよう。


 ああ、時間がない。もうあいつら、ロケットなるものを創りやがった。


 もう面倒だ。「かつてこの星には生命体がいた」という設定にしよう。適当に泥人形を創るのもありかもしれない。彼らの姿を見れば、人間たちもびっくりして、なおかつ「面白いものを発見した」と喜ぶだろう。

 さて、5分で創りあげた星には同じく5分で創りあげた泥人形を置いた。あと他の星には生命体が存在していた痕跡を残した。

「太陽」と呼ばれている電球の性能をもっとあげよう。「月」ももうちょっとかっこよくしよう。模様をつけるのはどうだ? それがいい、そうしよう。

 

 よし、できた。いつでも来い人間っ!


 しかし人間は宇宙には到達したものの、なかなかその先に向かうことはなかった。そのあいだに創り手たちは暇をもて余すかのように黒の塗りつぶしを増やしていった。人間たちがやっと他の星を認識し、そこに到達させるためのロボットを作ったときにはせっかく創った泥人形たちはすっかり溶けて消えてしまった。

 まああれはあれで風情があってよかったか。

 暇潰しにしてはちょうどよかったかもしれない。最近、人間や動物、植物を創るのにもあきてきたところだ。いいや、このままもっともっと黒く塗りつぶしてしまおう。

 けど、黒だけじゃつまらない。「太陽」みたいな電球をもっと創ろう。あるいはもっときらきらと散らばせてみよう。人間たちは自分たちが住む星を「地球」と呼んでいるそうだ。なら、「地球」みたいな星をもっと創って、人間みたいな生命体をもっと創ろう。くだらない時間を過ごすには、ちょうどいい暇潰しとなるだろう――。



「こんなもんかなぁ」


「何してんの?」


「世界創ってた」


「は? 何それ……。しかもまっ黒じゃん」


「紙とペン。それから脳みそがあれば世界なんてちょちょいのちょいだよっ! この黒は宇宙。それに色は黒だけじゃないよ。ちゃんと星も創った!」


「星……この点々が? ずいぶんちっちゃいなぁ」


「そりゃちっちゃいよ。だって宇宙より星がでかかったら、おかしいでしょ」


「まあそうだけど。まさかそれを夏休みの宿題として提出するの? 手抜き?」


「手抜きじゃない。世界創生の芸術だよ」


「なんでもいいけど、早く終わらせてよ。まだ宿題は残ってるんだから」


「はいはい。おまえは?」


「初日で終わらせたわ。じゃ」


「裏切り者ー!」

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