いざ参る。忍法紙吹雪

新巻へもん

死闘

 新緑の溢れる山々。まさに春うららといった風景が望まれた。しかし、その中では男たちの熱き戦いが広げられていた。


 第400回全国忍術選手権大会である。なんといっても400という記念大会。各選手の気合は嫌が上でも高まっていた。


 神君徳川家康公の遺言により、その死の翌々年から連綿と続いてきた由緒ある大会だった。途中、江戸開城と太平洋戦争の激化により2年だけ開催されなかったが、その他の年はなんとか続き、この2019年に記念大会が解される運びとなった。


 神君伊賀越えで陰に日向に家康公を支えた忍者の技の冴え、末代まで固く伝えるべし。その理念のもとに運営される大会では数々の熱戦が繰り広げられてきた。


 今、生駒山の中では、『は』ブロック勝者と『ち』ブロックの勝者による決勝が行われていた。地上と樹上を影のように走り、ときおり交差する人影は常人の目ではとらえることができない。双方が静かなる闘志をみなぎらせて激しくぶつかり合う。


 試合のルールは防御側が持つ密書を攻撃側が時間内に奪えれば攻撃側の勝ち、そうでなければ防御側の勝ちとなっていた。また、生駒山の限られたエリアから出た場合は失格となる。攻撃と防御は試合に先立つ手裏剣投げで上位の成績を収めたものが選ぶことができる。


 選択権を得ることができた才蔵が低い声で守りを選び、観客はどよめいた。400回に及ぶ歴史で決勝戦における防御側の勝率は3割を切っていたからだ。才蔵はニヒルな笑みを浮かべ、対戦相手の陣内はいきり立つ。

「おのれ。我を愚弄するか。後でほぞをかんでも遅いぞ」

「我が技は千変万化の冴えを見せるが、守りに強いと判断したまでのこと。他意はない」


 うなりをあげて迫りくる棒手裏剣をかわした才蔵に陣内は墨をたっぷりと含んだ筆をさっと投げつける。闇夜に墨、しかも筆の軸にも焼きが入れてある。鍛えた忍者の目をもってしてもそれを捕えることは困難なはずだった。墨壺の陣内の得意技である。


 パッと漆黒の中に紙吹雪が舞った。目の前の手先も見えぬ闇の中に白く怪しく舞い落ちる紙の数々。闇を切り裂いて飛ぶ筆により黒く染まりながらも幾多の紙はやがて筆の勢いを減殺し筆は地に落ちる。忍法紙吹雪。才蔵の秘技が陣内の攻撃を防いだ。


「ふふ。紙の1枚1枚は薄くとも幾重に重ねた我が守り貫くことは叶わぬ」

 低いイケボイスが観客の耳を魅了する。得意の技を防がれて慌てるかと思えた陣内だったが、懐から別の物を取り出すと紙吹雪に向かって放つ。チューっという音と共にそれは空間を切り裂いた。


 それはペン先からあふれるインク。南蛮渡来の技術を応用した最新の忍法だった。筆を投げてしまうと次の攻撃をするための隙ができてしまう。それに対してこの技は替えインクを使うことで次々と新たにインクを飛ばすことができた。

「見たか?! 秘技墨吐き!」


 不意を突かれた才蔵は大きく姿勢を崩す。しかし、百戦錬磨の才蔵はその攻撃をものともせずに細かくちぎった紙を猛然と噴き出した。


 攻めるペン対守る紙。地面には黒く染まった紙が点々と落ちる。ついに陣内がペン先から放つインクが才蔵の目を捕えた。

「あっ」

 その隙に影のように走る陣内が才蔵に迫り懐に手を入れた瞬間、試合時間終了を告げる法螺貝の音が鳴り響く。


 紙隠れ才蔵。不世出の天才と呼ばれることになる男が初の名声を手に入れた瞬間であった。


 


 

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