パラレル 4


「違う……。違うわ。あなたのママは、ちゃんとこの世界にいるから」


 お腹を擦り、説得する。


 私が元の場所に戻ったら、きっと帰って来るから。


『……ダメだよ。だって、ママはボクがきらいだもん。こんなにくるしいなら、いらないって、なんどもいってるもん』


「バカね」


 そう呟いて、脂汗を流しながら笑った。


「ママも、苦しかったのよ。でも、いらないなんて、本気じゃない」


 本気なら、雑誌がある訳がない。何度も読み直しただろう、ボロボロになりかけた雑誌。そして、すぐ手の届くところにある、熊のぬいぐるみ。


 今自分がしているように、きっとぬいぐるみを握って、痛みと辛いつわりに堪えていたに違いない。


「大丈夫、大丈夫だから」


 その痛みも苦しみも、きっと喜びに変わるから。


「あなたが産まれた時は、きっと笑顔を見せてくれるから」


 それも、最高の笑顔を。


「……だから、私を元の世界に戻して」


 これはきっと、私が望んだ世界。そして私は、この子が望んだ、子供を欲しがっている母親。


 二つの世界にいる私達が、お互いを呼んでしまった。


「一緒に頑張ってきた、本当のママを呼んで」


 私も、本当の彼を呼ぶから。


 そう言って、私は床へと倒れ込んだ。









 頭を叩く微かな感触に、顔を上げる。


 するとそこに、人口呼吸器を付けて体中に包帯を巻いた、彼の姿があった。叩いてきていたのは、彼の傷だらけの指だったのだ。


 しゃべれないのに、何やら口を動かしている。


 私は泣きながら、うんうんと頷く。何を言っているのかも解らないのに、彼が私を見つめて喋っている事が嬉しくて、只々頷き続けていた。


「私もね、変な夢を見たのよ」


 片手で彼の手を握りながらそう言って、ナースコールを押そうと手を伸ばす。その手には、小さな熊のぬいぐるみが握られていた。


「あっ。夢じゃなかった」


 笑いながらそう言って、涙が零れ落ちる。


「それから。あなたが何を言ったのか解ったわ」


 とりあえずナースコールを押して、ぬいぐるみを彼の枕元に置いた。


 あなたが将来、息子の為に買ってくれるぬいぐるみ。苦しむ私の、支えになってくれるぬいぐるみ。


 私達の赤ちゃんも、きっと喜んでくれるに違いない。


 そして、あなたがさっき言った言葉は……。





『なんで寝てるの?』


 なんでしょ?

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キミと紡ぐ【複数ジャンル編】 Motoki @Motoki_Rhapsodos

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