パラレル 3
「絶対、何かおかしい」
彼を見送った後、私は洗い物もせず、リビングの中を歩き回っていた。
リビングの中を見回し、今までの記憶と違っているものを目で探す。
家具も、時計も、記憶にあるままだ。あの時計は、友人が引っ越し祝いにくれたもの。家具にも全て、思い出が残っている。
床に置いたラグも同じ。だが、本棚には、見覚えのない雑誌が置かれていた。妊娠用の情報誌。
他にも見てみると、大きなものは変わりない。だが、ほんの小さな物、洗剤やティッシュ、テーブルに飾ってある花。そんな、使い捨てにするような物が、微かに違っている。
「まさか。……どういう事?」
そして、ぬいぐるみが目についた。
それは前掛けをして、赤ちゃん用だと判る熊のぬいぐるみだった。
彼が、きっと子供が出来たら買いそうな、可愛い小さなぬいぐるみ。
「違う。……これは、違う」
さっきまでは、嫌な夢だと思っていた方が、自分の記憶にはしっくりときていた。
「どうしたらいい?」
自分のお腹を撫で、小さなぬいぐるみを手に取る。
「……このままここにいたら、きっと幸せね」
妊娠している自分、早く帰宅する夫、生まれてくる赤ちゃん。
今まで望んでも与えられなかった物が、ここにはあった。
「だけど……」
主人はどうなるの?
ベッドに横たわり、きっと自分に何が起こっているのかも解っていない、あの人は。
「戻らないと」
ぬいぐるみを握り締め、立ち上がる。
その途端、お腹に激痛が走った。
『ダメだよ』
頭に、声か響く。聞き憶えのないその声は、小さな男の子のものだった。
『いっちゃダメ。ボクも、しんでしまうから』
「え?」
ぬいぐるみを見つめる。そこからしていると思った声は、自分の体の中からしていた。
「赤ちゃん……なの?」
確認するように、お腹を撫でる。すると『そうだよ、ボクだよ』と、泣き声が聞こえた。
『あっちにいっちゃダメッ』
駄々っ子が、自分の中で『ダメ、ダメ』と泣き喚く。その度に、お腹には痛みが走った。
「何言ってるの。あなたのパパが、寂しがってるのよ」
宥めるように言うと、『ちがう、あっちのパパは、ボクのパパじゃないッ』とお腹の中で暴れ出した。
「……なら。私も、あなたのママじゃないわ」
痛みに耐えながら言う。すると、少しの沈黙の後、『じゃあ、ボクはどうしたらいいのッ? ボクはいらないのー?』とわんわんと泣き出した。
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