紙とペンと天国への手紙

うめもも さくら

天国にいる君へ

拝啓

お元気ですか?

こちらは春も近いというのにまだ少し肌寒い日が続いているけれど君のいるところは大丈夫?

君のいる場所はどんなところかな?

楽しく毎日過ごせているのかな?

私は君がいない世界でなんとか頑張っています。

君と一緒に過ごせた時間はとても短いものだったよね。

でもね私にとってはかけがえのない大切な時間だったんだよ。


君と離れてからもうずいぶん経つんだよね。

君は私たちのことおぼえていてくれているかな?

君と過ごした時間を思い出しながらこの手紙を書いています。

私が今手紙を書いているのは君にたくさん伝えたい事と謝りたいことがあるからなんだ。

それを今からこの手紙に託します。


おぼえてる?

君と出逢ったのはあるお店の中だったよね。

体の小さい君を私とお姉ちゃんは抱っこして離さなかった。

君も穏やかに抱っこされてくれていたよね。

長いお耳と小さな鼻をひくひくさせて、私の胸にふわふわの体をくいっと押しつけて丸まる君がとても可愛かった。

たくさんいる中から灰色でかわいい君を家族にしたくて私たちはお母さんに精一杯お願いしたんだ。

お母さんは困った顔をしていたけれど私たちにちゃんと君のお姉ちゃんになるように約束させるとお母さんは「いいよ」って言ってくれた。

すぐに君のお家と君のご飯と給水器を買ってもらって君を家に連れて帰った。

君が私たちの家族になってくれた日、私は本当に嬉しかったんだ。

君のお姉ちゃんになれてとても嬉しかったんだ。

その日は一日中君のそばにいたよね。


私が学校から帰ってくると君はお家でよくお昼寝をしていたね。

規則正しい君の呼吸に合わせて動く君の体を見ているのが好きだった。

私は友達と遊んで夕方くらいに帰ってきてから君と遊ぶ。

ご飯はお母さんが用意してくれてお家の掃除はお姉ちゃんがして私は君と遊んでばかり。

私はまだ幼い子供だったとはいえ、君の世話なんて全然しなかった。

友達と遊んで帰ってきてからとか友達と遊べない日とか私が遊びたいときだけ君と遊んでた。

幼い子供だからなんて理由にならないよね。

自分勝手だったんだって今ならわかるよ。


そんな日が当たり前になった頃、最初に君の異変に気づいたのは学校でも飼育係でうさぎの世話をしていたお姉ちゃんだったんだ。

君のご飯が減らなかったり、君がじっと動かない時間が多くなってた。

みんな心配してた。

私とお姉ちゃんが学校に行っている間にお母さんとお父さんが君を病院に連れていってくれた。

あの時、私もすごく心配したけれどどこかでまだ大丈夫だと思ってしまっていた。

根拠もなにもないけれど大丈夫って思ってた。

あの時の私は『死』というものがどんなものかも知らなくて君のつらさをわかろうともしなかった。

私とお姉ちゃんが学校から帰ってくると君とお母さんたちは先に帰ってきていて、君が病気だったことを教えられた。

お姉ちゃんは深刻そうな顔をしていたけれどやっぱり私にはわからなくて。

ずっと君と遊んでたよね。


あの日は朝起きると君が居間のタオルケットの上にちょこんと丸まってた。

お母さんが君だけ君のお家にいるのはきっと狭くて寂しいだろうからとタオルケットの上に連れてきてくれたんだ。

それがどういうことか、きっとお姉ちゃんには理解できていたんだと思う。

私はただ普段とちがうことが楽しくて君と朝ごはんを食べて少し遊んで、いってきますと君を撫でて学校に行った。


その日も友達と遊ぶ約束をして帰ってきた。

友達と遊びに行ってくると言うとお母さんは困ったような怒っているような悲しそうななんともいえない顔をしていたんだよ。

遊びに行ってほしくなかったんだね。

君がとても苦しそうだったから。

それなのに私は君を見ることもなく友達と遊びに行ってしまったんだ。

私は今でもこの時のことを後悔している。


友達と遊びにきたのはいいもののお母さんがいつもとはちがうことにはなんとなく気づいてた。

なんだかすごく不安になって結局家を出てから15分も経たないうちに家に帰ってきた。

いつも結ぶ縄跳びのひももそのままに私は家の扉をノックした。


お母さんが扉を開けたとき、驚いたような表情をしていた。

早かったねと、お姉ちゃんかと思ったと言われた。

私は君のことを尋ねると居間にいると言われて、私は急いで君のもとへ向かった。

居間に入ると君がいて、私はすごく安心して駆け寄って君の体を撫でた。

規則正しい君の呼吸で動くはずの君の体は全く動いていなくてあたたかいぬいぐるみみたいだった。

私のあとに入ってきたお母さんは君の姿を見て慌てて駆け寄って君の胸元をさすったり震える声で君の名前を呼んでいた。

私はただ呆然と見ていることしかできなかった。

そしてお母さんは君の体を優しく寝かせると君の名前を呼びながらよく頑張ったねとおやすみなさいと呟いた。

君はその日天国へと旅立っていった。


お母さんがおもむろに私にどうして帰ってきたのか尋ねてきた。

私が遊びに行ってしまった後ろめたさで答えられずにいるとお母さんが私に静かに言った。

私はこの言葉を今でも忘れない。

「きっとこの子はお姉ちゃんが帰ってきてくれたと思ったんだよ。お姉ちゃんが一生懸命お世話してくれてたから、お姉ちゃんを待ってたんだよ」

私は泣かなかった。

君が旅立った時もお母さんにそう責められた時も。

ただ私はひどいことをしてしまったと思った。

君の頑張りを無駄にしてしまった。

君が懸命に生きようとしていたのはお姉ちゃんの帰りを待っていたからだったのに私が帰ってきたから間違えてしまったんだよね。

私が外にでなければ、帰ってこなければお姉ちゃんが帰ってくるまで君は生きることができたかもしれない。

君をお姉ちゃんに会わせてあげられたかもしれなかったのに。

ごめんね、ごめんねと何度も何度も心のなかで君に謝り続けた。

あの時は本当にごめんなさい。


お母さんは私の口からお姉ちゃんに伝えるように言った。

あとからこの話をお姉ちゃんにするとお姉ちゃんはお母さんに怒っていたけど、今思えばあの時のお母さんは今の私とそう変わらない年齢だった。

しっかりしていたお母さんも本当はまだ若くて幼くて悲しくて現実を受け止められなかったんだと思うんだ。


ほどなくしてお姉ちゃんが帰ってきた。

私はお姉ちゃんのうでを掴んで子供部屋に一目散に向かった。

その時まで流れなかった涙が何故か次々溢れて止まらなくなった。

言わなくては、伝えなくてはいけないのに喉が押されるように言葉が出てこない。

あのね、あのねと何度も言おうとするのだけれど次の言葉が出てきてくれない。

お姉ちゃんはそんな私の姿をみて全てを悟ったようだった。

お姉ちゃんは私が落ち着くまでそばにいて、君の体にお別れをするため居間に向かった。

その姿を私は見ることもできなくてただずっと泣いていた。

私は君の病気の名前をこの日から忘れることはなかったよ。


あとからお母さんに聞いた。

お医者さんに言われたこと。

君はね栄養失調という病気だったんだ。

ミニウサギなんて種類、存在しなかったんだって。

ウサギを売るためのお店が表記した悪質な嘘だった。

ミニウサギとして売るために君はご飯をろくに食べさせてもらえていなかったんだね。

君が私の家族になったときには既に君が病魔に侵されていたんだ。

君が私の家にきたとき君の余命は1ヶ月もなかったんだって。

病院に連れていった時にはもう手の施しようがなかったんだって。

君の骨は異常に細くてもうおじいさんだったかもしれなかった。

君は一番お兄ちゃんだったのかな。

病院に着いた君の余命は1週間ほどしかなかった。

入院することもできたけれど最期は家族と家で過ごした方がよいのではないかと言われてお母さんたちはすごく悩んだんだって。

幼すぎた私たちに君の最期を看取らせるべきか、病院に君を任せるべきかすごく悩んだって。

でもやっぱり家族だからみんなで帰ってきたんだよね。

君がいなくなってすごく悲しくてたくさん泣いたけれど君と出逢えて君と過ごしたことに後悔はないんだ。

後悔はなにも知らなかった私の過ちだけなんだ。


君は私たちといて幸せだった?

たった3ヶ月間だけだったけれど、君は私たちと出逢えて一緒に過ごして幸せだったかな?


病院から戻ってきた君は1ヶ月以上生きてくれた。

一緒にいてくれた。

一緒に遊んでくれた。

私は君が今でも大好きだよ。

もっと一緒にいたかったと今でも涙が溢れるほど大好きで苦しくなるんだよ。

だんだん私が歳をとるたびに君と過ごした時間より君がいない時間の方が長くなっていって苦しくなるんだよ。

生きている私はいろんなことが変わっていって君のことを考えない時間が多くなっていく。

でも君を忘れた日は一度もないんだよ。

君と過ごしたあの3ヶ月はかけがえのない大切な時間だったんだよ。


君と離れて20年以上経つんだよね。

だけどやっぱり寂しくて嬉しいときも悲しいときも君を思うことがたくさんあるんだ。

ウサギと見ると君を想うし、悲しいニュースが流れると君の最期を思い出す。

君は幸せだったかな?

もっと長生きできたかな?

私と過ごした日々は苦しいだけだったかな?

私とお姉ちゃんを間違えて悲しかったかな?

君は穏やかに眠れたのかな?

本当のことは君に教えてもらえないからわからないね。

でもね私の大切な時間、私の大切な家族。

君に出逢えて私は本当に幸せだったんだよ。


君は今どこにいるのかな?

どこか花の咲く春ようなあたたかい場所で微睡みながらお昼寝しているのかな?

私の好きだった規則正しい呼吸に合わせて体を揺らしているのかな?

それとも、もう生まれかわっているのかな?

歩く私とすれちがったりしているのかな?

どこかで出逢ってたりするのかな?


もしも願いが叶うならもう一度君に出逢いたい。

そして出逢えたその時はもっとずっともっと長くもっと一緒に同じ世界で同じ時間を過ごさせてほしいんだ。









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