友達になってくれませんか

立花 零

紙とペンと思い出話



これは、僕が少しばかり無茶をして怪我をしてしまい、1ヶ月の入院を強いられてしまった時の話。


病院内のコンビニで小腹を満たすためにお菓子を買い病室に戻った僕。最初に目に入ったのは机の上に置かれた手紙だった。

綺麗に2つに折られていて中は見えないけれど、自分のものじゃないことはすぐにわかった。

恐る恐る開いてみると、そこには癖のない整った字が並んでいた。


"突然のお手紙で驚いたと思います。

安心してください。私たちは初対面です。

そして突然ですがお願いをしたいのです。

私と友達になってくれませんか?

もしこの話に承諾してくれるのなら、

明日の14時に○○号室まで来てください"


突然の手紙よりも驚いたのはその文面だった。やはり病院というものは退屈するものなのだろうか。だからこその手紙...?

話し相手がほしいということだろうか。それならここに直接本人が来た方が良かったんじゃないだろうか。

名前の書かれていない手紙に違和感を覚え視線を下げていくと、お情け程度に後付けが書かれていた。

"持ち物・・・紙とペンと思い出話"

もっと他に後付けすることがあったはずだ。

信頼できない手紙に僕は応じようと思った。理由は字が綺麗だったから。それしかない。つまりは気が向いただけなのだ。

学校に行くことのできない1ヶ月は退屈極まりないことが予想出来ている。ここでできることは友人が時折持ってくる課題のプリントだけなのだ。

時計を見ると18時を指していた。そろそろ夕食の時間だった。

手紙をテレビ横に置いたファイルに仕舞う。間違えて捨てられてしまうことがないように。



次の日。手紙の主に会うことを決行しようと、持ち物を揃えることにした。

紙はスケッチブックがあった。美術部に所属する僕にはフリでも絵を描く必要があった。怪我をしたのは足なので言い訳はできない。

ペンは学校で使っている筆箱の中にあるので、そのまま持っていけばいい。

「思い出話、か」

それは今から用意しようとしても無理のあるものだった。時計の針は13時を指している。あと1時間で何が出来る。学校での思い出話で我慢してもらうしかない。

準備が整ったので時間になるまでゆっくりしておくことにした。早めに準備を始めたのは、持ち物が揃ってなかった時にはコンビニまで行かなければいけなかったからだ。


同じ病室であるおじさん達としばらく話していると1時間はあっという間に過ぎた。

「じゃあ僕は用事があるから」

手を挙げて話から抜ける。そうでもしないと延々と武勇伝を聞かされ続ける。

「なんだ、これか?」

小指を立てるおじさんを見て溜め息を吐く。

「僕にそんな相手がいたらいつもおじさん達と話してないよ」

皮肉を込めてそう言うと「それもそうだな」と豪快に笑った。

この病室にいるのはおじさんばかり。僕と同年代の人はいなくて、いつもいじられてばかりだった。


手紙に書いてあった部屋は頭の中にインプットしていた。ただ、場所はわからない。

廊下にある案内図を見て探す。

「・・・あった」

そこは個室が並ぶエリアだった。

僕を誘ったのはお嬢様やお坊ちゃんだったりするのだろうか。だとしたら尚更適当に思い出した学校の話じゃ不足なのでは・・・。

僕のネガティブな心境も虚しく、病室にどんどん近付いていた。一度引き受けると決めたものを今更撤回することこそ自分のポリシーに反するのだ。

片手に荷物を持ち、片手に松葉杖をついた僕のとって、ノックは難しい作業でもあった。

行儀は悪いが仕方ない。周りを見渡して看護師さんがいないことを確認する。

コンコン、と松葉杖でノックをすると、ピンポン、という謎の正解音が聞こえた。中から聞こえたことは間違いないので、入室の許可と受け取って扉を開く。これまた松葉杖を使って。

僕のいる病室は基本常に開いている状態だけれど、一度しまっていた時に松葉杖で開けていたら見つかって小言を言われた。

あれ以来僕はそこそこ慎重になっている。

音を立てないように静かに扉を開ける。顔をあげた僕の目に飛び込んだのは、ベッドの上からこちらを見る同い年くらいの少女だった。色が白くて華奢で、僕が見た中で1番綺麗だと思った。

「あの、僕、手紙を読んで・・・」

不審者だと思われないように、言い訳のように口を動かそうとすると、彼女は静かに笑って僕を手招いた。

ベッドのすぐ横まで行くと、傍にある椅子に座るよう促された。僕が松葉杖をついていることに気付いての配慮だったのかもしれない。

その次に彼女は机にあったノートを開いて僕に見せた。そこに書かれた字は、あの手紙と同じく整った綺麗な字だった。

"来てくれてありがとうございます。

お友達として、よろしくお願いします。

私は耳が聞こえません。声も出ません。

なので、筆談でお話をしましょう。"

簡潔に書かれたその文字には悲観的なものが一切感じられなかった。だからこそ僕も、余計な感情を抱くことなく頷いたのだと思う。

彼女が自分のことを可哀想だとか思っていないと心から感じたからこそ、僕も馴染むことが出来た。


"よろしく。

君は何歳?"


"私は17歳です。

学年だと、高校2年生になるのかな"


彼女のそんな言葉を疑問に感じた。自分に問い掛けるような、はっきりした文面ではなかったからだ。


"君はどうしてここに?"


"詳しくはわかりません。目を逸らしている

んです、自分のことから。

ここからも滅多に出られないから、学校に

も行ったことがなくて"


彼女は話せない分、表情が豊かだった。

彼女が僕に書いた言葉を見せる時、そこに付属する表情で、感情を知ることが出来た。

自分が話せないことには悲観的じゃない彼女だけど、好奇心が旺盛だからか外に出れないことを非常に嘆いていた。ここでの生活をポジティブに捉えることはないらしい。


毎日同じ時間に彼女と話をした。

彼女の求める思い出話とやらにも花を咲かせた。少し盛った箇所もある。楽しんでもらうためには、単純な僕の思い出話じゃ物足りなかった。

時折彼女がいないこともあった。僕が想像していたよりも、むしろ彼女が想像していたよりもその病気は重く、彼女が話せないことや聞けないことは生まれつきではなかったことを、彼女の両親に聞いた。

1ヶ月程しかいない僕が、彼女に置いていかれることになるかもしれないこともわかった。

彼女の辛そうな表情を見ると僕まで辛くなった。足は着実に治ってきているはずなのに、更に病気を被ってしまったようにも感じた。

1週間で彼女といる時間が楽しくなり、2週間でこの時間を尊く感じた。3週間目には明日が来ることが怖くなった。彼女の体調はみるみる悪化していた。

よりによってなぜそんなタイミングで僕に手紙を送ったのか。

全治1ヶ月の僕と余命1ヶ月の君。

先にいなくなったのは。






君だった。





"どうして怪我をしたの?"


"上から花瓶が落ちてきて避けようとしたら

鈍臭いから転んじゃって。

花瓶がぶつかった方が軽傷だったかも"


"その頬の怪我は?"


"ボールが飛んできて避けきれなくて"


"学校は、楽しい?"


"君とここで過ごす時間の方が楽しいな"


'だ・い・す・き'


"どうして口パク?"


"君にわからないように"


本当に、馬鹿だなぁ。

あの答えをまだ僕言っていないのに。


"大好きだよ"


誰もいない病室の机の上の紙は、ひらひらと舞って窓の外へと飛んで行った。






FIN



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