紙とペンと贈る言葉

空音ココロ

これから私とは違う道を行くあなたへ

 おめでとうございます。

 健康に気を付けてこれからも頑張ってください。


 色紙にはそれだけ書きました。

 締めの挨拶を最初に書いて、後に続く言葉が無くなりました。

 素っ気ない、ありきたりの言葉。そしてこの手紙にも同じ言葉を書いています。


 この手紙を書いているのはあなたのためのはずなのに、私の気持ちを整理するために書いているような気がします。だから勝手に私の話をします。お許しください。


 あなたがここに来た時、私は照れて隠れてしまいました。

 顔を合わせて「はじめまして」という言葉を言えば良かったのに。パッと目が合って、しまったと思って私は思わず目をそらしてしまった。

 ずっと目を見ているのは疲れるし、目を見ているだけで話をするわけでは無いからそのまま目を合わせているのは変だと思う。

 そんな言い訳を頭で考えながら、目を先にそらしてしまったのは良くないと思っていました。今更ながらお詫び申し上げます。


 その後に、あなたはまたやってきて私と話をしてくれました。

 私から話をしないといけないと思っていたのに、あなたから話をしてくれました。

 内心しまったと思いましたが、あなたはそんなことは気にしていない素振りで心が穏やかになりました。


 あなたにとって私は幾多いる人の中の一人。

 特に思い入れがあるかどうか分かりませんが、私にとってあなたは一人。一期一会という言葉がありますが、あなたにとっての私との出会いがそうであって欲しいと願っていました。


 あなたは私のことを覚えていてくれました。

 また会話をして、相談に乗ってくれました。

 お酒を飲むのに誘ってくれたり、助言をくれることもありました。

 あなたがいて一緒に同じ場所で同じ時間を過ごせたことはとても貴重な体験だったと思います。

 私の考え方が変わるきっかけを作ってくれた人。自分が他人に何か影響を与えることが出来るか分かりませんが、あなたは私にとって私を変えてくれた人でした。

 それは悪い方ではなく、良い方へと導いてくれたのだと私は感じています。

 面と向かって言うと恥ずかしいのでこうして文字にして伝えることしかできず申し訳ありません。いえ、伝えられていないかもしれませんね。

 感謝しています。その気持ちは本物だと思います。

 

 私はくすぶっていました。

 いろいろな不満や嫉妬、不甲斐なさ、他者への信頼、自身の承認、様々な欲求が渦巻いて目つきは悪くなっていたのだと思います。下を向いて歩き、目を合わせればそらすどころか睨みつける方が多かった気がします。自分は悪くない、悪いかもしれないが他の人の方がもっと悪い。

 私は汚いものにまみれて嘘をつくことにためらいを感じないような心へと変わっていたかもしれません。人を陥れるような嘘では無かったとは思いますが、いたずらに言う嘘は褒められたものでは無かったでしょう。


 それでもあなたは私と関わろうとしてくれました。

 初めは私と関わらないと進まないからくらいの義務感から話しかけられているのだろうと思っていました。けれど話をしていく中で私は気付きました。

 純粋に私のことを知ろうとして話をしてくれているのだというのが話をしていてわかりました。


 あなたは少しとぼけた所があって、言ったことをたまに忘れたりします。

 それは私にもありますし、誰しもあることなのですがつい許せなくて感情的に声を荒げてしまうことがあります。


 きっと哀しい顔をしていたのでしょう。

 あなたはそんな私の様子を見て複雑な表情だったのは覚えています。

 そんな表情はあまり見たことが無いので何を考えているのかはいまだにわかりませんが、きっと哀しい気持ちになっていたのだと思います。


 私はその表情を見て急に熱が冷めて冷静になりました。

 自分の顔を鏡で見て、あなたの表情と比べていました。

 自分は醜いと思っていたのは表面だけでその醜さを肯定していた自分がいたのです。


 あなたは私に「腐るなよ」と言ってくださいました。

 その言葉の前後でどんな会話があったのかはもう思い出せません。

 「腐るなよ」と言ってくださったそれだけが強烈に印象に残っていて、そんな言葉をかけて頂いたことだけが心に刻み込まれています。

 私にどんな気持ちで声をかけて、その言葉にどんな意図があったのかは聞きませんでした。私の想像の中で私のいいように解釈をして自分の中で大切にしまっています。


 それが良いのかと問われれば、堂々と良かったと答えることは出来ません。それでも私は頂いた言葉を大切にしています。そしてその言葉を誰かにも言おうと思っているのです。なかなか使う機会はないかもしれませんが。


 もっとそばにいて話をしたかった。役に立ちたかったと思います。


 これだけの想いがあったとしてもあなたにとっては歯牙にもかけないようなことかもしれません。

 それでも私はこうして筆をとっています。


 最後にもう一回、同じことを言わせてください。


 ありがとうございました。

 私はあなたに感謝しています。

 この出会いに、あなたの言葉に、優しさは私の大切な資産です。


 いつかまた一緒に歩みを進められる時には、今よりもっと良い顔をしていたいと思います。

 あなたのことですから、私と違う道を歩んだとしても周りにいる人に良い影響を与えることでしょう。きっと私が意識しなくても良い声が届いてきそうな気がします。


 環境が変われば大変なこともあるかと存じます。

 まだまだ寒い時分、ご自愛くださいませ。

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