紙とペンと面倒くさい二人

三崎かづき

紙とペンと面倒くさい二人

「妹よ、文芸部と美術部の共通点はなんだと思う?」


 あまりにも突然な質問に、山本明日香は顔を上げた。

 しかし質問の主、高野新一はこちらを見ていない。手元のデジタルメモ帳の小さな画面を見ているわけでもない。

 どこを見ているか気づいた明日香は、にんまりと笑んだ。


「部長がいま書いてるのって高校が舞台の青春ミステリーでしたっけ。トリックの練り直しですか?」


「ああ」


「そんなことして大丈夫なんですかー?」


 応募の締め切りは今月末ですよ、と明日香は壁のカレンダーを指差した。


「問題ない。で、答えは?」


「うちと美術部ですかぁ?」


 明日香の間延びした声が、二人しかいない放課後の文芸部室に広がる。


「さっぱり分かりませんね」


「もっと真剣に考えろ」


「考えてますよぉ」


「書き損じの原稿用紙でやっこさんを折りながらは真剣とは言わん」


「じゃあもうちょっと待ってください。コレ下半身なので、完成したら相手してあげます」


 きゃらきゃら笑えば、ため息が聞こえた。

 しかし折るのをやめろとは言われないので、明日香はやっこさんのはかまを折り、先に折った胴体と合体させる。


「完成〜」


「うむ、きれいに折れているな」


 完成したやっこさんを読みかけの小説に挟み、明日香は姿勢を正した。


「折りながら考えたら共通点は三つありました」


「考えていたのか」


「考えてるって言いました!」


 明日香はやっこさんの前に折っていた手裏剣を投げつけた。元原稿用紙のそれは意外にもよく飛ぶ。

 しかし新一がサッと避けてしまったので、手裏剣は彼のすぐ後ろの窓ガラスに激突するに終わった。


「それで?共通点は?」


「まず『かく』という行為ですね。書くと描くで漢字は違いますけど、世界を創造するという意味では同じです」


 元原稿用紙手裏剣の飛行能力以上の意外性。

 さっきまで折り紙をしていたのと同一人物とは思えない答えに、新一はおおっと目を見張った。


「次は道具ですね。紙とペンがあれば、どこでも活動できます」


「消しゴムも欲しいな」


「贅沢者め」


「それで残りはなんだ?」


 明日香は右手の人差し指で自分を指差した。そのまま指はゆっくりと新一の方へ向かう。

 思わず新一が「俺?」と自分を指差したが、ポニーテールを揺らしながら否定された。


「部長の背後に」


「妹よ、俺はホラーは好かん」


「大丈夫ですよぉ。オバケなんていませんから。……背後には」


「背後には?!」


「いいから早く!回れぇ〜右っ!」


 明日香は新一に近づき、おいバカやめろとゴネる彼の座る回転椅子を勢いよく回した。


「最後の共通点は、私とあの人」


 明日香が指差す先は、向かいの校舎の美術室。その窓辺では、ひとりの女子生徒がスケッチブックと向き合っていた。


「美術部部長、山本京子。山本姉妹が、文芸部と美術部の共通点です」


「なるほど、美術部の山本か!それはさすがの俺も思いつかなかったな!」


 はっはっはっと笑う新一のつむじを、明日香は無言でズビシッと一突きした。


「おい!」


「下痢ツボです。嘘つきは腹痛に苦しめ」


「俺がいつ嘘を吐いた」


「最初から」


 元いた席に戻った明日香は、これまた書き損じの原稿用紙で折ったパタパタ鶴を動かしながら言う。


「私は新人賞応募作のトリックの練り直しですかって聞いて、部長はうなずいた。これが一つ目の嘘です」


「嘘という証拠は?謎解きは証拠の提示が必須だぞ」


「いま書いてるそれ、応募作じゃないですよね」


 パタパタと羽の動く鶴のくちばしで、新一の手元のデジタルメモ帳を指し示した。


「部長は賞に応募する時は、手書きの原稿用紙にこだわります。そしてすでに八割書き終えている応募作は、足元のカバンの中。チャック開いてるので丸見えですよ」


「……確かに俺は嘘を吐いた。認めよう。だが他は?一つ目というなら、他があるのだろう?」


 挑戦的な目の新一に、明日香は頷いた。


「うちと美術部の共通点で、姉の存在を思いつかなかったと言った。これが嘘です」


「証拠は?」


「共通点の質問をした時、部長は窓の外を、向かいの美術室を、窓辺でスケッチをしている姉を見てました」


「お前の位置からでは、俺の視線の先はわからないだろう」


「まだシラを切りますか。では質問を変えます。部長の新人賞応募作、高校を舞台にした青春ミステリーですよね」


「ああ」


「探偵役である主人公の性別と名前、そして肩書きは?」


「女、深山都子、高校三年で……」


「美術部の部長、ですよね」


 押し黙った新一の言葉を、明日香が補う。

 その手にあるのはパタパタ鶴ではなく、いつのまにか折り目のない書き損じの原稿用紙だ。他の時と同じよう、長方形を正方形に折り、何か別のものを折っていく。

 しかし口を動かすのをやめるつもりはないらしい。


「ちょっと前に書いてた短編。誰にも読ませずそこのシュレッダーにかけたのは、どうして?」


「あれは習作。途中で頭の中ものが文章になってはくれなくなって、嫌になっただけだ」


「ダウトー!」


「なっ?!」


「あれは完成していた。その瞬間は、この部室で、私や他の部員も立ち会っています」


 しまったと新一が気づいた時にはもう遅い。

 確かに短編を書き終えた時、自分はこの部室にいた。

 特に明日香は、了と書いた瞬間に「できた!」とつぶやいた自分に、無邪気な笑みで「おつかれさまでーす」と言いながらお茶を渡してくれたのだった。


「あれは恋愛もの。ヒロインの名前は鏡の子と書いて鏡子でした」


「な、なぜそれを……!誰にも見せていないはずだ!」


「机に置きっ放しの書きかけ原稿を盗み見たのは副部長です」


「加藤!」


 新一は本日不在の副部長を心から呪った。


「普段の様子に加え、二つの嘘。そこから導き出せる答えはただ一つ。高野新一先輩、あなたは……」


「……」


「──ってな感じのやり取りを次回作でやろうと思ったんですけど、なんかビミョーですね!」


 やっぱりやーめた!、と明日香は両手を上げた。


「そうか?俺はなかなか悪くないと思ったぞ」


「うーん」


「次回作はライトな感じのラブコメなのだろう?」


「じゃあ一回これで書いてみようかなぁ」


「そうしろ。自分では駄作と思っても、誰かの心には響くはずだ」


 月に一回あるかどうかの先輩らしい言葉に、明日香はむうっと口を尖らす。しかしその意見も正しくも思うので、そうしますと頷いた。


「さっそく書きたいので、今日はもう帰ります」


「ここで書いていかんのか?」


「文房具屋さんに寄りたいんです」


 原稿用紙がもうないことを言いながら、手早く荷物をまとめる。量産された折り紙たちは、すべて副部長の机に置いた。

 しかし最後に折ったもの。可愛らしいハートの折り紙のみ手放さない。


「あと、姉に渡したいものがあるので。じゃあ失礼します」


 元原稿用紙のハートとカバンを持ち、文芸部唯一の一年生は去っていった。

 少しだけ開いた戸の向こうから、なにやら「まわれまぁわれ、メリーゴーラウンドッ」と楽しそうな歌が聞こえる。なぜ恋愛ソングなんだと思いつつ、新一はため息をついた。


「どこまでが演技だったんだ、あれは……」


 とっさに次回作への協力でごまかした。しかし明日香の主張は、新一にとってすべてが図星だった。

 窓辺が指定席なのは、いつも窓辺で絵を描いている京子を見たいから。今日も見ていた。

 応募作の主人公は、京子の存在から発想を飛ばして生まれた。京の都はもうちょっとひねるべきだったかもしれない。

 習作のヒロインに至っては……。そもそもあれは自分と京子をモデルにしている。身内が見れば一発で分かるレベルだ。だから完成と同時に恥ずかしくなり、シュレッダーに突っ込んだのだ。

 つまり文芸部部長は、文芸部員の姉、美術部部長に恋をしている。


「つくづく侮れんやつだな、山本妹」


 やれやれと思いながら、投げつけられ床に落ちていた手裏剣を拾う。

 茶色の罫線に線の細い字、文章の癖からして、明日香は自分の書き損じで折り紙をしていたらしい。────そこで、はたと気がついた。

 明日香が唯一持ち帰ったハート。

 あれは緑の罫線で、濃く太い黒ボールペンで文章が書かれていなかったか?


「……」


 明日香が創作活動で愛用しているのは、茶色の罫線の原稿用紙に、先の細いボールペン。

 一方自分が愛用しているのは、緑の罫線の原稿用紙に、ペン先一ミリのボールペン。

 当然あの習作も、それを使って書いた。

 ……そういえばあいつ、書きかけを見たのは副部長と言っていなかったか?

 完成品については、自分については、なにも言ってなかったよな?


「まさか……!」


 新一は慌てて部室を飛び出した。

 すると美術室の方へと角を曲がる明日香の姿。しかもスキップで、「照れてる〜場合じゃないか〜ら〜」といまだに歌っている。

 視力のいい新一の目には、元原稿用紙のハートがしかと見えた。


「言葉よ〜りも本気〜なぁ、げんこぉ〜よぉ〜しを〜」


「待たんか山本妹!」


「ラ?!」


「その手にあるものを渡せ!」


「うわっバレた」


 運動ができるタイプの文化部、新一と明日香の鬼ごっこが今日も始まった。

 しかし程なく明日香は捕まり、げんこつを食らった。


「あーあ、アレをお姉ちゃんに渡せばハッピーエンドだったのに」


 せっかくシュレッダー前に一枚抜き取っておいたのにとぼやきながら帰宅すると、先に帰っていた姉がリビングから顔を出した。


「おかえり。ねぇあーちゃん、また高野くん困らせてたでしょ。美術室まで聞こえたよ」


「あの人、からかい甲斐があるんだよ」


「もうっ、やめてよホントに!」


「とか言ってぇ、いつも美術室からこっちを見て、次の日に妹がご迷惑を〜って話題で話しかけてるくせに〜」


「なっ?!」


「今日だってどうせ、部長の様子をスケッチしてたんでしょう〜?」


「なんで知ってるのよ!」


「副部長さんに聞いた」


「ちひろぉ!」


 文芸部部長に恋をしている美術部部長は、親友である美術部副部長を心から呪った。

 地団駄を踏む姉を見て、鬼の形相で追いかけてくる部長を思い出し、明日香はため息をついた。


「面倒くさい二人だなぁ〜……」

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紙とペンと面倒くさい二人 三崎かづき @kaduki08

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