紙とペンと一枚の花びらを
望月おと
紙とペンと一枚の花びらを
──このままじゃ、いけない。
冷えた発泡酒を喉に流し込む。乃梨子は決意を固めた。カンッ!と甲高い音を立て、
***************
男は一人の女性を探していた。会いたくて、というよりかは【会わなければいけない】からだ。しかし、女の行方はなかなか掴めなかった。
「……なんだ、これ」ポストに投函されていた宛名のない真っ白な封筒。誰から──男はすぐにある人物の顔が浮かんだ。
「あの女……」
奥歯をギリギリ鳴らしながら、中を開く。出てきたのは、一枚の紙。黒のペンで【ループ&ループ】と書かれている。──意味が分からない。loop《ループ》には、繰り返すという意味がある。直訳すれば、【繰り返すと繰り返す】。もっと噛み砕けば、【何度も繰り返す】。
「馬鹿馬鹿しい」男は送り主に腹を立てた。こんな奇怪な手紙!と丸めようとした時、男の手が止まった。
中に一枚の花びらが入っている。それも純白の──
「──!!」
男は周囲を見渡し、一目散に走り出した。何かから逃げるように、時おり後ろを振り返りながら全力疾走で走り抜けていく。人通りの激しい繁華街。「どけっ!」人を掻き分けるように自身の進む道を確保していく。
「……あ」
男の足がついに止まった。決して疲れたからではない。心臓が騒ぎ出す。ドクン、ドクン……その波動は全身へと広がっていく。荒くなっていく息づかい。霞み始める視界。自分の世界が終わりに近づいている。男は目の前にいる真っ白な花束を抱えた人物に手を差し伸べた。
「──乃梨子」
「やっと会えたわね」
「お前……」
「おかげさまで、この通り」
乃梨子は微笑みを男に向ける。「あなたを探すのに時間がかかったわ」男同様、乃梨子も男を探していた。
「お前……どうして──」
「さぁね。私も貴方に聞きたかったの」
通りを歩く人たちは彼女たちに目もくれず、前だけを見て歩いていく。たくさんの人が行き交う中で、その場に佇んでいる二人の時間だけ止まっている。
冷たい声で乃梨子は男に訊ねた。
「──どうして、私を殺そうとしたの? 私を愛していたんでしょ?」
「それは──」男の目が力なく泳いでいる。【あの日】の出来事を思い出したのかもしれない。男は乃梨子を殺そうとした。正確には、殺したはずだった。細い彼女の首を絞め、息が止まったのを確認し、山中に埋葬した。その直後、男は身を潜めるために渡米したのだが、最近あるニュースを見て帰国した。
乃梨子を埋めた穴が何者かに堀り起こされ、中から無数の花びらが発見された。なぜ、この山中にこの花が!?と地元紙を騒がせた。だが、肝心な【モノ】は発見されず……。男は焦り、乃梨子を必死で探していたのだった。
「早く答えて」
「……あの時は、ああするしか──」
「そんなに奥さんが大事?」
「仕方ないだろ!? アイツの後ろには会長がいるんだ! アイツに逆らうことは会社に逆らうのと同じだ!」
「そう──」
乃梨子は男に抱きつき、耳元にやさしく声を落とした。純白の薔薇の花びらがハラハラと舞っていく。花束の中央を突き抜け、ギラリと光る赤く色づいた金属。
「それじゃ、今度は貴方が眠って。この花びらと一緒に、ね?」
「乃梨子……」
「私は約束を守ったわ。誰にも貴方との関係について言わなかった。でも、貴方は私との約束を破った。『お前が死んだら、俺も死ぬから』そう言ったのは、貴方でしょ? この花を私に贈ったのは、貴方。だから、私も贈るわ。白い薔薇の花言葉を──【約束を守る】」
乃梨子は静かに男から離れた。白い薔薇は彼色に染まり、彼と共に地面へと落下した。
──あの日、男は乃梨子を殺害した。その罪悪感から彼女が好きだった白い薔薇を彼女の遺体と一緒に埋めたのだった。
彼女が紙にペンで書いた【ループ&ループ】の意味は、【復讐】。そして、封筒に同封されていた花びらは、【約束を守る】。彼女の決意の現れだった。
紙とペンと一枚の花びらを 望月おと @mochizuki-010
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます