必要なもの

観月

必要なもの

『出る』

 という噂を聞きつけ、俺は小型のミラーレス一眼とメモ帳セットを手に、現場へと向かった。

 伝統ある守山高校新聞部部員としての取材だ。

 俺は「スピリチュアルコーナー」というものを担当している。

 横文字でカモフラージュしているが、要するに学校内や地元で噂になっている怖い話だとか、投稿された心霊写真を載せるという、お気楽コーナーである。

 俺はもともと霊感が強い。その霊感体質を買われて、新聞部に勧誘され、コーナーを持つに至ったのである。

「すいませーん、このあたりにトンネルがあるって、聞いてきたんですけど」

 周辺住民に聞き込みをしながら、本日の目的地である、幽霊の出るトンネルを探し歩き、気がつけば、俺はのどかな田園風景の真っ只中に立っていた。

 周辺の様子軽くメモにとっておく。写真だと、場所が特定されやすい。まあ、ちょっとした配慮である。

 田んぼの中を走る農道の先にはこんもりとした小さな山があり、その山の中に向かって道は伸びていく。

 道の先へ目を向けると、闇の中に吸い込まれていくように、ポカリと暗いトンネルが口を開けていた。

 噂の現場だ。

 たしかに暗いし狭いが、カーブがあるわけでもなく、通行が多いわけでもないこのトンネルで、ここ数年の間に何件かの交通事故が起きていた。そのうち二件は死亡事故だという。

 たった二件。と思うかもしれない。しかし「交通死亡事故ゼロ数百日達成!」というような田舎にあっては、心霊スポットとなるだけの十分な数値である。

 トンネルの前にたどり着く頃には、あたりは暗くなっていた。暖かだった空気に、湿った夜の気配が混じりこむ。

 これは、計算どおりである。心霊スポットの取材は日が落ちてからと相場が決まっている。

 トンネルの中を少し進んだところで、ふいに背後から明かりに包まれた。長く伸びた影が動き、あっという間に一台の車が俺を通り越していく。

 一度光りに包まれたせいで、トンネル内部はさらに暗さを増したように感じた。

 立ち止まり、神経を研ぎ澄ませる。

 壁面からじわじわと俺に向かって伸び来る、いくつもの思念を感じ取っていた。

 単なる残留思念のようなものもあるし、恨みつらみといったどす黒い感情の塊のような存在もある。そして、自分が死んだことを受け入れられずに、生者に取りすがろうとするものもある。

 それらが四方から俺を取り囲み、押し迫ってくる。

 目をつぶり、ミラーレス一眼を構えると、感覚の命じるままにシャッターを切った。

 ゆっくりと目を開ける。

 写真は十分取れたに違いないが、その頃になると、俺はすでに真っ黒な気配に取り囲まれていた。

「ふん」

 願ったり叶ったりだ。

 今まで様子を見ている様子だった気配が、一直線に俺に向かって距離を縮めてくる。

 俺は首に下げていたカメラをリュックに突っ込むと、そのまま肩紐を手に持ち、黒い気配を薙ぎ払うように振り回した。

 リュックにぶつかった黒い塊は四散し、俺に押し寄せようとしていたは、ふっと包囲を広げる。

 もちろん、ただリュックを振り回したところで、怨霊や悪霊を退散させることはできない。俺の持つ気を乗せているのだ。

 俺はこのあたりでは有名な稲荷神社の宮司の息子だ。

 生まれながらにしてかなりの霊能力を持っていた。

 親父も除霊だの、失せ物探しだのといった霊能力者まがいの依頼を生業の一つとしているのだが、実はその能力は親父よりも俺のほうが上だ。親父のように祝詞や御札を使わなくても、かなりの能力を使いこなすことができる。これは意外と難しいことらしい。

 と、トンネルの奥で何かがうごめく強い波動を感じた。

「これが、大元か……」

 意外だった。人間ではない?

「動物霊か……」

 虐待され、トンネル上の山中に生き埋めにされたか。その動物霊が、たまたま事故死した人間の霊を引き寄せ、強い怨霊となり、さらに周辺の霊や悪鬼を呼び寄せていく。今じゃあもう、見上げるほどの大きな暗黒の塊だ。

 眼の前の黒い獣が俺に向かって一直線に駆けてくる。

「天狐! 守ってくれ!」

 ぶわりと俺の中からも、黒い炎が渦を巻いて流れ出すと、刃の形となり、俺の手の中に落ちた。

 トンネルの奥から、幾千もの闇色の塊が俺に向かって押し寄せてくる。

 小さな攻撃は、俺の身から吹き出した炎が焼き尽くしていく。目的は、奥に佇む一頭の獣。そいつを叩き切る。それだけだ。

 興奮が俺を支配していた。

 アスファルトを蹴り、飛びかかり、今まさに手にした刃で一突きに!

 その時だった。


「那緒くーん! いるんでしょー?」


 間の抜けた声とともに、トンネル内部がまばゆい光が満たされていく。もちろん物理的な意味ではない。霊的な光が、俺の後ろから暴力的なまでにトンネル内に差し込んでいるのだ。

 狩りを中断させられた俺は、小さく舌打ちをした。

「鷲尾史香」

 振り返ると、想像通りの人物がそこに立っていた。

「もう、那緒くんどうして一人で行っちゃうの? 私も新聞部員なの、君と同じスピリチュアル担当なの! なんで置いてくのよ! ねえねえ、おばけ、出た?」

 出たさ。あんたが来るまでは、ここにいたさ。

「那緒くん、犬と遊んでたの?」

「なに?」

「犬。私がきたら、向こうに逃げていっちゃたね。ミニチュアダックスみたいだったよ。可愛かったね。あのこ、一人で大丈夫かなあ?」

「おまえ……みえたのか!?」

 強力な守護霊二体に守れれているゆえに、心霊現象に興味があるにもかかわらず、一度もそういった体験をできずにいる人間。それが鷲尾史香だ。

「え? うん。犬なら見えたけど、もう、いなくなっちゃったね」

 鷲尾史香は額に手を当てて、トンネルの奥を覗き込むような仕草をした。

 まったく困ったものだ。

 俺が討伐してくれようとしていた、あのどす黒い塊を、その存在だけで浄化してしまう。

 本人は己の力になどまったく気づく様子もなく「可愛い犬だったねえ」などとのんきなことを言っている。

「帰るぞ」

 踵を返すと「ええ! もう!?」と、慌てて後を追ってくる。

「心霊写真は?」

「もう撮った」

「私も撮りたい!」

 と言うので、リュックからカメラを取り出してやる。

「無駄だと思うけど」

 という言葉は、鷲尾史香には聞こえなかったようで、嬉々としてトンネル内をパシャパシャと写真に収めていた。


 レトロかもしれないが――俺は、新聞記者の必需品は紙とペンだと思っている。

 それからもう一つ、大切なもの。

 カメラだろうか、霊能力だろうか、それとも俺を光に包んでくれる、あいつだろうか……。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

必要なもの 観月 @miduki-hotaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ