◇第二百十七話◇

一方で、箒を片手に誰かの机の上に座っているのは冬織である。

そのやる気の無さは、クラス一と言えるかもしれない。


「こーら。紅槻くん、ちゃんと掃除しないと綺麗にならないよ?」


「めんどくせー。テメーも真面目ぶってんじゃねーよ、結杞」


「真面目ぶってるんじゃなくて、真面目なの。ほら、俺優等生だし?」


ニコニコと、相も変わらず何を考えているのか読みにくい笑顔で、床を掃きながら言う。

ナルシストじみた発言に思わず鳥肌を立てる冬織に、静かに歩み寄る人影が一つ。


「紅槻くん、机に座るのは如何なものかと思います。それと、今は大掃除という授業の中。これも学びの一つですよ」


「うげっ、委員長」


こちらもまた別の意味で表情が読めない。謎の多い二人に挟まれ、眉をひくつかせる。


「アンタ本当に名前通りつめてー顔してるよなぁ。何か雨夜に似てるっつーか、笑ったりすんのか?」


「笑う、というのは楽しい、嬉しい等といった、感情が昂った際に起こる表情筋の変化です。私はあなた方のように楽しいと思ったことがありませんし、それが何故人生に必要なのかが理解出来ません。従って――」


「あーあーあー!!うるせーな!!アンタは機械か!!そんな難しいこと言われても理解出来るわけねーだろ、馬鹿にも分かりやすく言えや!!」


「あ、自分で馬鹿って認めた」


ペラペラと留まることなく話し続ける雪にとうとう痺れを切らしたのか、机から飛び降り、指を差しながら文句を言う。


自分で馬鹿だと認めちゃ世話ないね、と凪は肩を落とした。


「つまり、この人生において喜怒哀楽という物が何故必要なのか、私には理解出来ないということです」


「あーん?んなもん、そっちの方が人生盛り上がんだろうが」


「そうでしょうか」


「つまんねー人間だなー、おい」


やはり雨夜に似てんな、とまじまじ顔を見ながら思ってしまう。稜もまた、同じことを前に言っていた気がしたのだ。


「お前ら、本当は兄妹とかだったりして」


「ら、って……雨夜くんでしょうか。それは無いですね、顔も似てませんし。それに私の父は私が産まれた時から……」


そこから先、数秒待っても雪が口を開くことはなく、不思議に思った凪は問いかけた。


「水嶋さん?」


「……何でもありません。あまり必要性を感じない話だっただけですので」


「必要性って……アンタなぁ、会話ってのはノリと勢いで楽しむもんだろうが。頭ダイヤモンドより硬ぇんじゃねーのか?」


「私、頭突きで岩は割れませんが」


「外の話じゃねーわ!!」


微妙に話が噛み合っていない。

成績は確かに委員長なだけあって良いことは知っているのだが、ここまで来るとさすがに脳の柔軟性を鍛えるべきでは?と心配になる。

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