◇第二百十四話◇

そして短いようで長い夏休みが終わり、学生たちはまたいつも通り学校に登校する。


「なーんか、部活で来てたからか久しぶりな気がしねーなー」


登校中、偶然会ってしまった隣の男がそう呟く。


「まぁな。こんなに賑やかじゃなかったが」


「まーたかったるい授業が始まんだよ……。屋上に入り浸ろうかな」


「進級出来なくなっても知らないからな」


「げっ……」


いくらテストの点数が高かったとしても、ここは日本。登校日数が足りていなければ、また一年歳下の子たちと同じ学年を共にしなければならなくなる。


「そうなったら俺のことは先輩って呼ぶんだな」


「稜〜!!それはヤダ!!」


「っおい、引っ付くな!」


やだやだ、と駄々をこねる子どものように、稜の腕にしがみついて泣きべそをかく。

ただの冗談だというのに、本当にサボるつもりだったのだろうか。


「また荒れるつもりだったのか?」


「稜に嫌われたら荒れるかも」


「めんどくせー彼女かよ」


わざとらしくうるうると可愛くもない涙を浮かべ、これがあの不良かと思うと違和感が稜の頭を包む。


「あ、雨夜くんと朝霧くん!おはよー!」


後ろからトテトテと早歩きで近付いてきたのは春と薫だ。

夏休み中にも会っていたというのに、いざ授業開始日に見ると久しぶりな感じがして不思議である。


「何話してたんだ?」


「それがさー、聞いてよ!稜ったら酷いのよ!?」


「何だその口調」


オネェのような言葉で文句を垂れる。

分かりやすい嘘泣きに、春は苦笑いを浮かべていたことを蓮は気付いていなかっただろう。


「じゃあ、お前が留年したら私のことも薫先輩って呼ぶことな」


「フォローしてくんねぇの!?」


庇うどころか、弄りに弄り倒されて焦る蓮が面白かったのか、薫は楽しそうにケタケタと笑う。


「薫、楽しそう」


「ははっ、面白いからなコイツ」


「俺で遊ぶなよ!!」


そんな二人を見ていると、自然と笑みがこぼれてしまう。

釣られて春まで笑うと、更に蓮は焦った。


学生らしく、友だち同士で笑い合う三人を見ていると、笑えない自分が場違いに思えてくる。


――こんなこと言われて嬉しかったなーとか、これはちょっと嫌かもなーとか、小さなことでも何か感じなかった?


そう言った、医師の言葉を思い出す。

何も無い、自分の人生が何故存在するのか、理解出来ない。


(必要無い、命だよな……)


皆、皆キラキラと輝いて、眩しく見える。隣の芝生は青いなんて、よく言ったものだ。


こんな物、いつだって手放せるというのに。


「雨夜くん、行こ!授業始まっちゃうよ!」


「急げ稜〜!夏休み明けから遅刻なんてダセーぞ!」


「そうだぞ雨夜、白鳥先生より遅く教室に入るなんて有り得ないぞ!」


――俺が消えたら、コイツらはどう思うんだろうか。


世界から一人いなくなったところで、周りは何も変わらない。

それでも、こんな自分を必要としている人間がいるなら、まだ消えるわけにはいかない。


(こんな物に、価値なんて無いのにな)


楽しくも、面白くもないこんな命を、一人でも必要としてくれるなら――


それまでは、生き続けなければいけない。

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