◇第二百十三話◇

面会時間も過ぎ、家に帰る途中。奏はいつも通り明るく話してはいたものの、やはりヒマリのことが気になって仕方がないようだった。


「やっぱり心配か」


「え?」


足を止め、稜の方へ振り向く。

ずっと変わらない、無表情のまま、何を考えているのか分からない顔で問いかける。


「分かっちゃうかー、さすが雨夜くんだなぁ」


自分でなくとも分かるくらいあからさまだったというのに、きっと当の本人はそれに気付いていない。


何処か上の空で、一生懸命話を切らさないように話し続けていた。

これで気付かない方がおかしい。


「僕とヒマリは幼馴染みで……雨夜くんと朝霧くんみたいな関係だったんだけど」


「俺たちと一緒にするのは間違ってると思うんだが」


「え?だって超仲良いじゃん」


「……はぁ、もういい。続けてくれ……」


手でシッシと払う素振りを見せ、呆れを通り越して面倒臭くなった稜は言い返すのをやめた。


「産まれ付き体が弱かったんだけど、最近更に悪化しちゃったみたいで。酷い時は、喋ることも出来ないんだ」


それがどれだけ悪い状態なのか、奏も全て理解出来るわけではない。


だが、それでも少しは分かる。自分たちが普段当たり前のようにしていることが、彼女には出来ない。


もし自分がその立場になったとしたら、現実を受け止められないかもしれない。精神的にかなりの苦痛が伴うだろう。


「自分のしたいことが出来ねぇって、どんな気分なんだろうな」


「そうだね……。将来どんな仕事したいとか、考える余裕も無いだろうね」


兎に角生きたい。ただひたすら、その事しか頭に無いだろう。


「普通に生活して、普通に友だちと遊んで、普通に……。僕たちはそれを幸せだなんて思ってない。当たり前の生き方だって思ってるんだ」


当たり前。きっとそうなんだろう。


朝起きて、準備して学校に行って、友だちと話したり授業中居眠りをしたり、帰ったら好きなゲームや漫画を読んだり。何気無いその日常が、きっと幸せなんだ。


「将来、か……」


夢だとかそういう物は、持っているだけできっと楽しい。


――俺もいつか、持てんのかな。


いつまで続くか分からない地獄に、そんな淡い光さえ見えたら、きっと――


「雨夜くん?」


きっと――


「……何でもねぇ」


笑える日が、来るのだろうか。

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