◇第二百十二話◇

「実はね、その子癌で……もう、長くないんだって」


そう告げる奏は、笑顔の中にも隠しきれないほど悲しい顔をしていた。


「どのくらいなんだ」


「えっと、お医者さんが言うには後一ヶ月も持たないだろうって。それがこの間の……一週間前の話だから、今はもっと短いかな」


「そうなのか」


それでも、そこから奇跡的に復活する人物もいないわけではない。

諦めてしまえば、現実は何も変わらない。


「様子だけ、見ても良いか」


「え?い、良いけど……。帰るところだったんじゃないの?」


「この後の予定はねぇから大丈夫だ」


後は帰って自分の時間を過ごすだけ。奏の後ろを着いて行き、病室の前に辿り着いた。


「ここだよ。折角だから、雨夜くんも入らない?」


「驚かせるだろ。普通の人間ならまだしも、俺じゃ傷付ける可能性だってある」


「大丈夫だよ、話したら分かってくれる!」


話すって、何を言う気だと言うより前に、病室の扉を開いた。


「やっほー、来たよー!調子はどう?」


ベッドに横たわっていたのは、一目で分かるくらい痩せている、同い年くらいの少女であった。


「今日は調子良いみたい。ちゃんと座れるし、頑張れば歩けるから」


「ホント?凄いじゃん!」


声を張るのが難しいのだろう。少し小さめの声が返ってくる。

そんな少女と目が合うと、案の定少し驚いたように奏に尋ねる。


「こちらの方は?」


「僕の友だち!雨夜くんっていうんだ」


友だちでは無い。そう言いたくなったが、無駄なことは言わずに軽く会釈だけした。


「雨夜くん、初めまして。ヒマリといいます」


一瞬いつも通りの態度を取ってしまいそうになったが、自分が頼んだ手前そんなことはしないようにしなければと取り繕う。


「どうも」


「雨夜くんね、人が駄目なんだって。だからちょっと怖く見えるかもしれないけど、根は良い人だから!」


それは褒めるところの無い相手に言う典型的な言葉では?等と疑問に思ったことも心に閉まっておこう。


「人が?話すのが苦手ってこと?」


「……いや、昔色々あって人を信用出来なくなっただけだ」


出来るだけ言わない方が良い。人にあまり過去を知られたくない、というのも理由の一つではあるのだが、今は兎に角あまり刺激を与えないように気を付けなければいけないからだ。


「そう、なんだ……。でも、奏くんの友だちってことは、優しいんだろうな。今も、顔も知らない私を気にかけて来てくれたんだよね」


優しい。その言葉の意味が、稜にはよく分からなかった。

自分のように、今すぐにでも消えてしまいたい人間がいれば、彼女のように、病気で苦しみながらも頑張って命を繋いでいる者もいる。


代われるのなら代わってあげたい。そう思ってしまうのは、おかしいことだろうか。

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