◇第二百七話◇

「桜、私今ズルいこと考えてる。桜のその気持ち、利用したいって思ってる。酷いでしょ……最低だよね、私」


必死で抱きしめる腕を解き、手を握る。数秒、ジッと目を見つめると、恥ずかしそうに目を逸らした。


「桜、可愛い……」


「か、可愛いとかやめてよ……」


何だかむず痒い。今まで友だちだった相手が、こんなにも自分を求めてくるなんて思ってもみなかった。


「キス、するよ」


今度は不意打ちじゃない。逃げることだって、嫌だと言うことだって出来た。なのに、何故か嫌だと思えなかったのだ。


「ん、ちづ……ッ……」


外から蝉の声が聞こえてくる。熱い。お互いの体温が、冷房なんて打ち消すほど熱く感じた。


部屋中に響く、不慣れなリップ音。幼稚なキスに、どうしてか愛おしいと思ってしまう。


「本当に嫌だったら、“やめて”って言ってね」


そう言うと同時に、服の中に手が入れられた。

ビクッと体を跳ねさせ、優しい手付きに声が漏れてしまう。


「ふ、ンッ……あ、ダメ……茅鶴……ッ」


「ダメ、じゃないでしょ?」


「うぅ……意地悪……」


逃げ場の無い感覚に、身を捩らせるしかなかった。

それが茅鶴にとって更に欲を昂らせる行為だとも知らずに。


頭では分かっていた。これ以上は許されない。超えてはいけない一線があることを。


それを超えてしまえば、もう友人には戻れない。なのに、茅鶴と関係を切ることの方が辛くて堪らなかった。


いつの間にか、蝉の声なんて耳に入らなくなっていた。

目の前の女の子が、必死で自分を求めてる。そんな姿が、愛おしくて可愛くて堪らない。


きっとこれは、茅鶴とは違う。恋愛感情とは違う物だと理解していた。というのに、手放せない。手放してはいけない。


(あぁ……。茅鶴、可愛いな……)


きっと、異性が相手だったら怖くて堪らなかっただろう。震えて声も出なかったかもしれない。


だが、茅鶴は違った。茅鶴だけは特別で、こんなに酷いことをされても嫌いになんてなれなかった。


「茅鶴、ずっと……ずっと一緒にいたい……ッ」


好きの形はきっと違う。でも、それでも良いと思えた。ずっと隣で笑い合えるなら、この程度のこと、痛くもなかった。


「桜……私も、私も一緒にいたい……。今は無理でも、いつか私と同じように好きになって欲しい……」


弱々しい声。誰にも聞かせたくない。自分だけに聞かせて欲しい。


これが恋愛とは違うものだとしても、独占したいと思ったのは本当で、もう身体を預けることしか出来なかった。

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