◇第二百六話◇

「……嫌いになんて、なるわけないでしょ」


震える声で、静かに言い返す。

それなら何で避けられていたのか、尚更分からない。


「嫌いになれたら、こんなに苦しまずに済んだんだ」


「苦しまず……って、どういうこと?」


何一つ理解が追いつかず、疑問が次々と重なっていく。


そんな桜のことなど気にする余裕なんて無かった。

今までずっと抑え続けていた理性の糸が、プツリと音を立てて切れる。


乱暴にソファの上に押し倒し、自分の口で桜の口を塞いだ。


「……ねぇ、さすがに分かるでしょ」


「…………え?」


尚更頭がパンクしそうなほどの情報量に、呆然とする。


今、一体自分の身に何が起こったのか。それを理解する前に、再びキスをされた。


今度は、先程とは違う。無理矢理口を開けさせ、舌を捩じ込んだ。


「ん、んんッ」


まだ幼い少女とはいえ、中学生。この行為の意味くらいは知っている。


終わらない深いキスに、為す術なく受け入れることしか出来なかった。


どれくらい時間が経っただろうか。数秒がとても長く感じた。


「桜、好き……好きだよ……」


同じくらいの体格をした目の前に映る女の子は、小さく震えていた。


何の悪ふざけなのかと文句を言おうとした口からは、どうしても言葉が出てこなかった。


「何……泣きたいのはこっちなんだけど」


ポタポタと落ちてくる涙に、思わず抱きしめたくなってしまった。

どれだけ辛かったのか、一人で抱え込んで苦しかったのか。それを考えるだけで、胸の奥が苦しくなる。


「ごめん、ごめんね桜……」


人の感情なんて、そう簡単には消せない。このまま友だちとしてあり続けることなんて出来ないと、二人は分かっていた。


「もう、桜とは出来るだけ話さないようにするから。だから、お願い……嫌いにならないで」


きっと、茅鶴は自分なんかよりずっと辛い。そんな選択しか出来ないのが、苦しくて堪らないのだろう。


それでも、桜にとってそれは何よりも残酷なことだった。

気持ちを受け止めることは出来ても、応えることは出来ない。


なのに――


「……やだ、嫌だ」


「桜……?」


「私、茅鶴のことそんな目で見れない……」


「……うん、分かってるよ」


改めて拒絶された。そう思ったのに、いつの間にか抱き締められていた。


「違う、違うの……。茅鶴にキスされる事よりも、茅鶴が私の中からいなくなっちゃうことの方が嫌なの……ッ」


それは、友だちとして。それでも、茅鶴にとっては嬉しくて堪らなかった。


嫌われるどころか、桜にとって自分は大切な存在なんだと知れた事が、何より嬉しかった。

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