◇第二百三話◇

大概、コイツも苦労してんだなと僅かに同情する。

確かに、稜自身も彼女ほどでは無いが、何度か言い寄られることはあった。


それがどれだけ面倒なことか、分からないわけでは無い。


「月野も、興味ねぇのか。そういうの」


「え?あー……無いわけじゃないんだけど。何だろうね、友だちといる方が楽しいんだ」


「ふーん。因みに聞いておくが、俺はその中に入ってねぇよな?」


「んぇ!?入ってないの!?」


「入ってんのかよ」


半ば予想通りではあったが、いざそう言われると何だか複雑な気持ちになる。


「でもやっぱ、雨夜くんといると気を張らなくて楽っていう気持ちはあるんだ。もう全然怖くないもん」


ヘラヘラと笑う彼女の、あまりにも無防備過ぎる姿に不安を感じてしまった。


「俺なら、警戒する必要ねぇって思ってんだよな」


「ん?うん、だってさっき恋愛事に興味無いって言ってたじゃん?」


そういう考えになってしまうところが、どうしたって春の心は綺麗過ぎる。


彼女のもたれかかっている壁に手を置き、逃げ場を無くした。


「あ、雨夜、くん……?」


「お前さ。好きって感情がねぇとこういう事されないって思ってんのか」


隙だらけだから付け入られる。何も分かっていない。これだけ好意を寄せられていながら、ずっと心も体も綺麗なまま。


「ちゃんと知っておく事だな。男はチャンスさえあれば、誰にだってこういう事が出来るんだよ」


クイッと優しく頬に手を当て、顔を上げさせると、目を丸くさせた春と視線が交わった。


「なぁ、今から何されるか分かるか」


真っ直ぐに目を見つめられ、どうしても視線を逸らすことが出来ない。


「あ……えっ、と……」


顔が熱い。どうすることも出来ずに、ただ稜の手首を掴んで目を瞑ることしか出来なかった。


数秒そうしていると、いきなりペシッと顔を両手で軽く叩かれた。


「間抜け顔」


「なっ……!?」


ハッと我に返った春は、自分が今何をしていたのか思い出したのか、更に顔を赤くした。


「兎に角、これで分かったろ。男は怖ぇ生きもんだってこと」


壁から手を離し、いつも通りの距離を保とうと一歩足を踏み出した時、クンっと袖を引っ張られる感覚がした。


「こ、怖くない……」


「あ?」


小さな声で、何かを訴える。

何を言ったのか分からず振り返ると、春はまだ赤い顔で稜を見ていた。


「私、全然怖くなかった。雨夜くんになら、何されても怖くない」


「は?」


あんなことされて、まだそんなこと言えるのか。だが、確かにその目からは全く恐怖など感じられなかった。

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