◇第二百二話◇

春の家までの帰り道、何度か電信柱に頭をぶつける後ろ姿を見ていて、口には出さないが着いてきて良かったと少し安堵した。


「おい……おいって」


「う、えっ?」


声を掛けると、魂が戻ってきたのかビクッと肩を跳ねさせ後ろを振り向いた。


「お前、何考えてんのか分かんねぇけど、あんま俺に迷惑掛けさせんなよ」


「あ、ごめん……。ちょっと疲れちゃって」


フラフラと覚束無い足取りで稜の近くに行くが、相当疲れたのかどこか心ここに在らずという目でこちらを見る。


「ったく。頼むから車の前に飛び出したりすんなよな」


「う……しないよ………………多分……」


「今何かボソッと聞こえたな」


そんな自殺行為を目の前でやられても困る。とはいえ、やはりこういう役回りは友人である薫がするべきでは無いかと疑問を持つ。


「というか雨夜くん、何で送ってくれてるの?」


「数分前の会話忘れたのかお前は」


何も知らないような純粋眼な目を向けてくる。聞いていなかったとして、何故今この瞬間まで不思議に思わなかったのか訳が分からない。


「いや、うん。朝霧くんの提案なのは覚えてるんだけど……何て言うか、ほら。雨夜くんってこういうの面倒臭がりそうだし」


「よく分かってんじゃねーか」


それはそれは面倒この上ないが、だからといって無視して一人帰ることも出来ないだろうと心の中で文句を垂れた。


否定しないんだなと肩をすくめる春であったが、分かり辛くも優しさが垣間見える姿に少し微笑んでしまう。


「最初、正直言うとね。雨夜くんのこと苦手だったんだ」


何をいきなり話し始めたかと思うと、春は近くにあった塀に背中を預けた。


「何言っても無視されるし、全然私の事見てくれないし。言動も怖かったし」


ぷぅっと頬を膨らませて文句を言う。そんな不満そうな顔をしながらも、何故か嬉しそうに笑った。


「でも、そんな雨夜くんだからかな。こうして二人でいても不安にならないっていうか、警戒しないでいられるっていうか」


「……警戒?」


「うん。ほら、私ってモテるから」


「何でいきなり自慢げ?」


えへん、と偉そうに胸を張って高々と宣言してみせる。

顔はこれでも、中身はこんな阿呆なのにと言ってしまいそうになった口を噤んだ。


「だから、男の子と二人きりになるといつも言われるの。好きとか、付き合って欲しいとか。そんなの、皆に応えられるわけないのに」


ただ普通でいるだけなのに、それを勘違いして言い寄ってくる異性が後を絶たない。

何度断っても、すぐに誰かからまた思いを告げられる。だから、男性と二人になることを極力避けてきていた。


「恋愛感情って、そんな安っぽい物なの?見た目だけでそんな軽々しく人のこと好きになれちゃうんだ?って、ずっと嫌だった。だけど……」


そう言うと、パッと顔を上げて稜の顔を見る。


何故こんなに、胸が高鳴るのか分からない。安心するのに、どこか落ち着かない。


それがまた、居心地が良くて堪らない。


「雨夜くんは、私の事可愛いなんて思わないでしょ?」


「ん、まぁ……。そういう事に興味ねぇから」


「ふふっ、そういうところがさ。本当にす、」


そこまで口にしたところで、ハッと自分の言おうとした言葉に引っ掛かる。


「す?何だよ」


「す、すぅ……そう!!凄いなって!!珍しいなーって!!ね!!!!」


「おう。うるせぇな」


いきなり三段階くらい上がった声量に驚きながら、いつも通りのツッコミを入れる。


そんな中、春は一人困惑していた。


(何で!?何で言えないの私!!いつもならこう、好きだなーとか言えるのに……!!)


それで勘違いさせてしまうこともよくあった。だから、本当に心の底から思った時にしか言わないようにしていたのに、今本心で好きと言いかけた時どうしてもストッパーが掛かってしまった。


どうしても理解出来ないこの感情に、ただ戸惑うことしか出来なかった。

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