◇第二百話◇

「稜くんの兄さんも青京大なんだよね。私あの人超嫌い」


「え、雨夜くんのお兄さんが?っていうか、あんなに雨夜くん好きって言ってたのに……」


「兄貴は別!!あんな奴もう二度と会いたくない!!」


顔を思い出すのも嫌だと猛抗議をする。

この誰にでも懐きそうな妹属性溢れる桜が、嫌いと断言する人物だ。


稜とは真逆のタイプなのかと聞かれても一概にそうだとは言いきれない。何故そんなに嫌っているのか分からないが、拒否反応を示すくらいには嫌いらしい。


「高校は文化祭って九月末だっけ?多分来るよ、あのクソ男」


「ちょ、クソは駄目だよクソは!そこはマイルドにうんこちゃんって」


「いやそれはそれで駄目だろ」


世の春ファンクラブ会員たちに物申したい。彼女はこういう人物なのだと。夢と現実は違うのだと、教えてあげたくなった薫である。


結局三人各々欲しい物を買い終わり、出入口付近に近づいたところでまた先程の美澄という人物に出会った。


「今帰り?買ってくれてありがとねぇ、またのお越しをお待ちしてるよ」


フワッと柔らかい笑顔に、心が癒される。


もしかしたらと、美澄にも稜兄のことを聞いてみた。


「美澄さん、雨夜って人大学にいますか?」


「んー?雨夜?」


うーん、と少しだけ考える素振りを見せた後、該当する人物を思い出したのか「あー」と声を出す。


「あの人かな。俺の一つ下に、男女平等で優しいって有名な人がいたけど。確か雨夜って名前だったと思うよ」


「え、人気なんですか?」


「うん。俺も一度しか話したこと無いけど、笑顔眩しいし声も言葉遣いも優しくてさ。後何より顔が良い。まさに学園の王子様」


王子様。この先輩よりも相応しい人物がいたのかと、春と薫は感嘆の声を上げる。


それとは真逆に、桜は更に顔を曇らせた。


「きっっっしょ」


「桜ちゃん!?!?言葉が汚いですわよ!?!?」


稜のあの性格がクールで大人っぽくて好きだと言っていた桜だ。


それとは真逆の人物像が垣間見えてきたところで、桜にとって格好良いと思える異性の形じゃ無いから、受け入れられないのかもしれないと二人は思い始めた。


スーパーから出ると、外はもう日が落ち始めており、来た時よりも少し暗くなっていた。


「夏だねぇ、この時間でまだちゃんと明るいよ」


「しかも丁度いい気温。この時間の夏は最高だな」


二人して高校生らしからぬ言動をしているのを見て、桜は「老人か」とツッコミたくなった口にチャックをする。


家まで帰るには、青京学園の前を通ることになる。

十分ほど掛け目の前に辿り着くと、校門前には稜と蓮がいつも通りの口喧嘩をしているのが見えた。


「雨夜、朝霧。今帰りか?」


声を掛けると、二人は口論なんて無かったかのようにこちらへ向いた。


「そーそー!って、あれ?桜じゃん!何してんの?」


「蓮兄こそ、私の稜くん独り占めしないで!退いて!」


「うわっ!!ちょいちょい、押すなよ!!」


隣に立つ蓮をグイグイと横に押し、稜から離す。

兄貴ばかり狡いと、空いた稜の隣を占領した。


「うぅ、妹に盗られた……俺の稜ぅ……」


「きめぇ」


「うっ……クリティカルヒットした今の」


何故か痛みもしない腹部を手で抑えながらショックを受ける。


いつも通りの光景に安心しつつも、まだ明るいとはいえ中学生の女の子を一人で帰らせるわけにもいかないなと思っていたところだ。


送る予定ではあったが、兄がいるなら安心だと任せることにした。

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