◇第百九十九話◇

晩御飯の材料を手に取った時、ちょいちょいと後ろから誰かが薫の制服を軽く引っ張った。


「薰ちゃん、今日はお客さんとして来てくれたの?」


「あ、はい。お疲れ様です」


同じバイト仲間だろう、男性が話しかけてきた。


ペコリとお辞儀をすると、その男性は笑顔で無くなり始めていた商品を陳列しながら話を続けた。


「友だちと来てくれたんだね。さっき店長が、薫ちゃんは物覚えが早くて凄いって褒めてたよ」


「あぁ……それくらいしか特技が無いので」


「えー?何で謙遜するの?自慢して良いのに。特技一つでも持ってるのって凄いことなんだからさ」


そう言いながら、その先輩は薫の頭を軽く撫でた。


わざとなのか天然なのか、男女関係無くスキンシップは多い先輩だ。本人に深い意味など無いのだろうが、勘違いしてしまう女の子は一定数いるだろう。


「あ、そろそろ次の作業行かないと怒られちゃうわ。じゃあね、薫ちゃん」


バイバイ、と手を振ってその場から立ち去る。

馴れ馴れしい。そう思いながらも、何処か心の中が暖かくなる感覚がした。


「すごーい、王子様みたーい!!」


この感覚は何なんだろうかと思っていると、後ろから桜が声を上げた。


「大人って感じだね!落ち着いてるっていうか、面倒見が良さそうっていうか!」


「確か大学生、とか言ってた気がするな。というか、王子様はさすがに言い過ぎなんじゃないか?」


「そんなこと無いって、だって何かキラキラしてたもん!」


それは理由になるのだろうか。と首を傾げた。

王子様かは分からないが、確かに穏やかで優しい雰囲気が漂っているのは確かだ。


「うんうん、何か格好良いよね!あの人、名前なんて言うの?」


春のその問いに、まさか彼女が異性の容姿を褒めるなんてと意外に思う。


「下の名前は知らないが、苗字は美澄みすみ先輩だ」


「へぇ〜!名前も綺麗!やっぱり王子様だよ〜!」


「いやいや多分関係無いぞ……」


目を輝かせて、まるで憧れの人を見るかのように遠くで働く先輩を凝視する桜。


中学生からすれば、大学生なんて夢のまた夢。遠い世界の住人という感覚なのだろう。


「そういえば美澄さん、青京大学に通ってるって言ってたな」


「うっ……青京大かぁ……」


「ん?どうした、桜」


いきなりテンションの下がった桜に少々驚く。

青京大学に何か嫌な思い出でもあるのかと尋ねてみると、何とも言い難い不思議な表情をした。

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