◇第百九十八話◇

「私これ買うー!」


「あっ!それ美味しいよね、私も好き!」


キャッキャッとただの買い物を小学生のように楽しむ。

よく分からないが、二人が楽しいのならそれで良い。


ついでに今日の晩御飯用の食材も買ってしまおうかと、近くにあったレトルトのカレーを手に取った。


「薫、今日カレーにするの?」


「いや、どうしようかと。食には特に拘りも無いしな」


そんな事を言いながら、手にあったカレーを棚に戻した。


「え?薫ちゃんって自炊してるの?お母さんとかお父さんは料理しないの?」


核心を突くような悪意の無い桜の言葉に、薫はピクッと肩を跳ねさせる。


「あ、そういえばそうだよね。実家暮らしでしょ?お母さんは一回会ったことあったけど、優しそうだったよね!良いなぁ」


当たり前だ。外面だけは良い母親だから。気付くはずがない。気付けるはずがない。


「あー……」


言うべきだろうか。桜はまだ中学生で、しかも今日初めて二人で会ったくらいの仲。


それに春は――親友だからこそ言えない、言ってしまえば絶対に気を遣わせることになるから。


「将来一人暮らしする時、料理出来ないと不便だろう?」


言えない。一番親しい友人だからこそ、怖い。どう思われるのか分からない。春は優しいから、両親との仲を修復しようとするかもしれない。


(自分のことに、巻き込みたくない)


家に帰っても、誰も料理なんて作ってくれない。雨風凌げる家を、自分の部屋を分け与えてくれているだけ、それだけで充分。


両親からすれば、邪魔な子を隔離しているだけなのだろう。それでも良かった。形だけでも、帰る家があるのなら。


「やっぱ薫は大人だなー、もう将来のこと考えてるんだ」


「春ちゃんは料理しないの?」


「するけど、ただ好きだからやってるだけで、そんな未来のことなんて全然考えてなかったよ〜」


明るい二人を見ていると、嫌なことなんて忘れられる。今は楽しい。こんな関係が、ずっと続けば良いのに。


望まれなかった自分が、今この時だけはこの空間に存在している。居心地が良くて、いつかは終わってしまうこの空間が、愛おしくてたまらなかった。


「?薫、どうしたの?」


「……いや、何でもない」


こんなに幸せで良いのだろうか。許されるのだろうか。自分が産まれてきた理由は、きっとここにある。


いつか見つけ出したい。与えられたい。


「二人とも、財布と相談して買うんだぞ」


「うん!私お小遣い日この間だったからいっぱい持ってる!」


「あ……小銭しかない……」


「えー!?」


自分の財布の中を見ながら、春は肩を落とした。

そんな彼女を横に、料理する気が起きないという理由で、パスタにでもするかと呑気に考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る