◇第百九十五話◇
ワイワイと会話が途切れることも無く、かといって疲れもしないくらいに楽しい時間が続く中、席には注文した品が置かれていた。
「で、本題なんだが」
パフェを美味しそうに食べ進めながら、外面だけはクールな顔を桜に向ける。
「桜は雨夜のどんなところが好きなんだ?」
「ふぇ!?!?」
思わず飲んでいたジュースを吹き出すところであった。
普段はあれほどペラペラと好きなところを並べているというのに、いざ聞かれると中々答え辛いようだ。
「え、えーっとね、もう三年くらい前の話なんだけど……」
モジモジと、まだ小学生だった頃の話をし始めた。
「私、身長百四十代なんだけどね、だからか分かんないけど、信号が無い横断歩道渡ろうとした時ね、車に轢かれかけたことがあって」
「え、大丈夫なのか!?」
「あっ、うん!もう前の話だし、怪我とかもしてないよ!」
両手をブンブンと大袈裟なほど振ると、薫は安心したように椅子に座り直した。
「その時にね、稜くんも一緒にいたの」
「ほうほう」
興味津々な様子で桜の初恋の話に耳を傾ける。
そんなに真剣に聞かれても、それはそれではずかしいと思いながら、続きを話した。
「本当に危機一髪で、稜くんがね、私を抱き寄せて助けてくれて……。それで、泣きそうになってる私の頭撫でてくれて……」
自分の情けない話をすることよりも、その時初めて感じた物が特別な感情である事の方が大切だからなのか、この話題に羞恥心など無かった。
「無事で良かったって、優しく私の事抱きしめてくれたの。多分、その瞬間から私は……」
「それは惚れるな。思っていた以上に格好良いんだな、アイツは」
「そう!そうなの!!」
キャピキャピとはしゃぐ目の前の彼女に、稜が大切にしたいと思える理由が分かったような気がした。
それに何より、蓮の妹だということが大きいのだろう。きっと、彼にとっては妹のように可愛いのだろうな、等と考察をしてみる。
「まぁ確かにアイツには、分かりづらいが優しさがあるな。そして何より、心が読みにくいところが良い」
何故か自慢げに彼のことを話す。嬉々として稜を褒める薫は、形は違えど不思議と自分に似てるような気がした。
「薫ちゃんも、稜くんのこと好きなの……?」
恐る恐る気になったことを聞いてみる。
自分と薫のこの感情が、同じだとは思いたくなかった。
そんなことは露知らず、薫は淡々と答えた。
「ん?まぁ、そりゃ好きだな」
「……そっか」
「ただ、勘違いするんじゃないぞ?人間として、という意味だ」
「人間として……?」
人として、彼のことが好き。それはよく分かる。
普段は面倒臭がっているが、いざという時は必ず手を差し伸べてくれる。
そんなところが、好きだった。のに、薫の言葉を聞いてから分からなくなってしまった。
(私は、本当は……)
薫と同じで、人として好きなんじゃないのか。これは恋愛感情じゃないのではないか。
過去に稜にも言われたことがあった。
お前のそれは全く別のものだ、と。
(あの時はただ、私の気持ちを否定されたんだと思ってた。でも、稜くんは分かってたのかな……)
自分のこの気持ちは恋愛感情とは別物だと、稜は気付いていたのかもしれない。
気付きたくなかったことだというのに、何故か腑に落ちてしまった。
まるで、一番知りたかったことを知ってしまったような。
「そっか、私……薫ちゃんと同じなんだ」
「……桜?」
やっと知ることの出来た自分の感情。
心の中は、驚くほどにとてもスッキリしていた。
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