◇第百九十三話◇

「それより、お姉ちゃん部活中じゃないの?サボってて怒られない?」


まじまじとフェンス越しに見える顔を見つめていると、不意にそんな疑問が飛んで来た。

前屈みになっていた体制を立て直すと、本日の部活内容を簡潔に伝えた。


「あぁ、それは大丈夫だ。今日は自主練日だからな」


「そっか。皆偉いなー、頑張ってて」


個人個人、何に縛られているわけでもないのに、ずっと泳ぎ続けている人が何人もいた。

恐らく薫の先輩である。やはり、先輩ともなると努力量から違う。


はぁ、と感心していると、薫が再び向き直り話を切り替えた。


「朝霧妹は、確か雨夜の事が好きなんだったか?」


突然の質問に驚きながらも、満面の笑みを浮かべながら受け答えをした。


「え?あ、うん!大好きだよ!」


もしかして恋バナがしたかったのだろうか。等と、可愛らしい女の子のような思いをフワフワと浮かべる。


しかし、返ってきた反応は意外にも思っていたものとは全く違っていた。


「好き、か……」


ポツリと呟く彼女に、一体何故そんなことを聞かれたのか更に分からなくなった。


「?お姉ちゃん?」


顔を覗き込むように問いかけると、少し間を置き、薫は顔を上げた。


「この後時間あるか?」


「??う、うん。あるけど……」


夏休みであるため、時間はありまくりである。

しかし、ほとんど初対面と言っても過言では無い相手に、まさかそんなことを聞かれるとは一ミリも思っていなかった。


戸惑いながらも頷いてみせると、嬉しそうに立ち上がる。


「分かった。悪いが、ちょっと此処で待ってて貰っても良いだろうか?」


「え?良いけど……」


「ありがとうな、朝霧妹よ」


そう言うが早いか、早足で着替えに向かった。

プールサイドで走ってはいけない、というルールをしっかりと守っているようであった。


兄は勿論のこと、稜や春の友人であることは知っている。が、接点など何も無いであろう自分を呼び止めてまで話したいこととは、一体何なのだろうか。


「どうしたんだろ……」


一人モヤモヤすること数分。急いで薫が校門から出てきた。


「待たせたな、朝霧妹。私が奢るから、少し喫茶店にでも行こうじゃないか」


「奢り!?行くー!!」


先程までの悩みは何処へ行ってしまったのだろうか。“奢り”という単語を聞いた瞬間、ペカーッと満面の笑みで頷いた。


とはいえ、道中気まずい雰囲気が流れてしまうかもしれないという桜の不安もあることにはあったが、そんな心配など全く必要が無いくらいに、薫のマシンガントークは続いたのであった。

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