◇第百九十話◇

朝七時半頃、外で鳴いている鳥の声で目が覚める。


「おはよー、茅鶴」


目を擦りながら、隣で寝ていた桜が起き上がった。

日課というのは恐ろしいものだ。中々寝付けなかったというのに、しっかりと普段通りに起きてしまった。


歯を磨きに洗面所まで向かうと、そこには既に先客がいた。


「んー、はおー」


「喋るなら一回歯磨きやめようよ……。てか、蓮兄またどっか行くの?」


「おー、はっほーいっへふふ」


「何言ってんのか全く分かんないんだけど」


桜のツッコミに、一度うがいをしてからまた同じ言葉を繰り返した。


「今から学校行ってくるわ」


「え?学校?……え!?れ、蓮兄まさか!?」


「いやちげーよ!?補習じゃねーからな!?」


「何だー、まぁそうだよねー」


安心したような、当たり前のような反応を示す。

ホッと胸を撫で下ろすと、洗面台の下にある棚から予備の歯ブラシを取り出した。


「はい、茅鶴用!」


「あ、うん。ありがと」


目の前の彼女は眩しい。きっと、生まれ付き人を魅了する力を持って生まれてきたのだろう。

自分とは全然違う。


「お兄さんの顔は平凡なのに」


「んー?俺今サラッとディスられた?」


「あ、ごめんなさい。つい本音が……」


「おいおいおーい、追撃やめて貰って良いっスかねぇ?」


しょんぼりする兄を他所に、二人はシャカシャカと歯を磨き始める。


「うーわ。俺家でもこんな扱いなのな。惨めだわーホント」


涙目になりながら洗面所の扉に手をかけた。


「あ、俺今から部活だから。冷蔵庫に昨日の残り入ってっからそれ食っとけよー」


「んー」


歯ブラシを咥えながら返事をする我が妹を背に、部屋から出て身支度を始める。


三人で朝食も終え、皿を流しへ起き、蓮は行ってきますと言って家を後にした。


「茅鶴今日暇だったらさ、これから買い物でも行かない?可愛い洋服買いたくて!」


そんな物を着なくても、何を着たって桜は可愛いよ。口に出せない言葉が、頭の中で渦を巻いていた。


可愛い服が欲しい。それは――


(一体、誰に見せるため?)


自分を可愛く見せて、自分で満足したい。そんな気持ちも勿論あるだろう。


それでも、意中の相手に可愛いと思って貰いたい。そんな気持ちが無いはずが無い。


特に、彼女は。


「……ごめん、この後お母さんと出掛ける約束してて」


「そっかぁ、残念……」


――嘘ついてごめんね。


そのたった一言すら、言葉に出来ない。


本当はもっと一緒にいたい、もっと話したい、もっと、もっと、もっと。


(でも、そんなの許されるわけ無いんだから)


笑顔で見送りをしてくれる桜の顔を見て、胸が苦しくなる感覚が暫く消えなかった。

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