◇第百八十八話◇

一方で、桜の部屋ではまだ幼い少女の頭が爆発寸前だった。


(何で!?だから何でこんな狭いベッドに二人で寝ることになるの!?)


シングルのベッドはその名の通り、一人用である。

まだ中学生とはいえ、桜の背丈に合わせたサイズのベッドに二人で寝るともなると、少しばかり狭い。


「茅鶴ー?どしたの?」


「ん、ん!?ななな何でもないけど!?!?」


あまりの汗の搔き方に、冷房の温度が高いのだろうかと疑問を抱く。


「ね、まだ寝るには早いし、恋バナでもしない?」


「恋バナって……」


私の好きな人は目の前にいるよ、と言いたくなるのを、寸前で我慢する。

また桜の好きな相手の話を聞かされるのか、と一瞬眉を顰めたが、ここで断るのも不自然だと話に乗っかった。


「またあの稜って人の話でしょ?もう耳タコだよ、桜カッコイイしか言わないんだもん」


「えー?だってカッコイイじゃん!冷静沈着で、男前で、一見クールだけど、ちょっと天然な所もあって……もー最高!!好き!!」


「いやいやいや……。そういうけどさ」


キャピキャピとはしゃぐ彼女を前に、それって本当に恋愛感情?と聞いてしまいそうになった。


(それ聞いちゃったら嫌な奴じゃない?いい加減諦めろって私……)


そうは思いつつも、自分がもし桜の話をするとして、こんな風にはしゃげるかと聞かれれば、そんな事は無いだろうと結論付けてしまう。


とはいえ、愛の形は人それぞれだ。桜の性格上、好きな人の話で盛り上がれるのも何ら不思議なことは無い。


――だけど


「桜はさ、ただ憧れてるだけじゃないの?」


「憧れ?」


「うん、そう。例えば、ちょっと違うけど、アイドルを応援する感じっていうか」


「えー?稜くんはアイドルって感じじゃないでしょー」


「いやそうだけどそうじゃなくて!」


何と言えば伝わるのか、日本語の難しさを再確認し始める茅鶴。


桜のこの感情も、一種の恋愛感情であれば、同性である自分に勝ち目なんてほとんど無いに等しいのだろう。

それでも、彼女を諦める理由にはならなかった。


「要するにさ、人として好きなんじゃないの?」


「……え?」


そうであって欲しい。自分にも少しはチャンスがあれば良いのに。

嫉妬心でどうにかなりそうだった。


「茅鶴?」


気付いたら、いつの間にか桜の手を握っていた。


好きで好きで仕方が無い。きっとこの先、こんなに好きになれる相手は存在しないだろう。


「桜、好きだよ」


そう言うと、目の前の彼女は驚いたように目を見開き、止まってしまった。


何も考えず、言ってしまった自分の言葉を後悔する。


もしこれで、今までの関係が崩れてしまったら。そんな不安が茅鶴を支配し始めた。

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