◇第百八十七話◇

スピーカーから通常モードに切り替え、桜と茅鶴には聞こえないように設定し直した。


『んで?何か泣きそうになってたみたいだな』


「ちげーよ!!さすがに否定させてもらう!!」


電話越しだというのに、馬鹿にするような顔をしているのが、容易に想像つく。


泣きそうというのは紛れも無く嘘なのだが、どこか寂しいような気持ちになったのは間違いない。


「……なぁ、稜は俺にベタ惚れだよな?な?」


『は?キモ……』


「オイッ!!キモはねぇよキモは!!」


「いや、蓮兄今のはキモいよ」


「桜まで!!」


うわんと泣き喚く兄を宥める彼女を、茅鶴は横目で見やる。本当に桜は兄のことが大好きなのだと、実感した。


今の電話相手は、あの花火大会の日に出会った、恋敵であることは間違いないはず。


冷たい雰囲気を纏っており、何を考えているのか分からない。近くにいるだけで凍えてしまうような錯覚を起こしてしまう。

そんな人物を、一体何故ここまで必要としているのか。茅鶴には、それが全くもって理解出来ずにいた。


「後は二人で話してよ。私たちお邪魔虫は二階に退散するからさ」


「おう、悪いな。夜更かしすんなよ。飯食った後だしちゃんと歯磨いてから上行けよ」


「あ、蓮ママだ」


「パパです!」


ツッコむところはそこで良いのか。そう電話越しに言いそうになった言葉を飲み込む。


居間には蓮だけとなり、ソファに再び腰を下ろす。


「そうだ、俺明日部活あんだけど、稜は夏休みの部活ねーの?」


『あぁ……あることにはあるな……。俺も明日学校行くぞ』


「マジ!?お前んとこの部長さん、気合い入ってんなー!体育祭の時の一言めっちゃ痺れたわ!」


あんなふざけている部長でも、いざという時は格好いいものだ。何だかんだ言っても、部をまとめられるのは彼しかいないだろう。


『まぁ、そうだな。何かに本気になれるのはスゲーよ』


「おお……。稜さんが珍しく人を褒めておられる……。明日は雪かな」


『俺はいつだって思ったことを思った通りに言ってるだけだぞ』


「え、それ遠回しに俺の事貶してない?」


そんな問いに答える者はいなかった。

ただ環境音のみが響き渡る空間が、数秒の間出来上がってしまった。


「ちょっと!?!?否定してよ!!」


『それは出来ない相談だな』


「何でだよ!!俺はこんなにお前のこと好きなのに!!酷いわ!!」


『何故にオネェ口調?』


おいおいと嘘泣きをする電話相手に、面倒臭そうに溜め息を吐き出した。

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