◇第百八十五話◇

チャポン。そんな音が風呂場に響く。


「は〜〜〜、いい湯だなァ……」


結局、浴槽に二人で浸かる形になってしまった。


――落ち着け、落ち着け私の理性……!!


できる限り桜の裸体は見ないように心がける。

恋心を抱いてしまっている時点で、何だか見てはいけないもののような気がしてしまう。


「なぁ、桜さっきの話……」


何とか気を紛らわせようと、話題を振る。


「お母さんたちの?」


「うん……。後、私たちって」


「あれ?言ってなかったっけ」


そちらの方は聞いても全く問題無さそうだった。

寧ろ、さっきまでのイラつきは無くなり、兄の話をする時と同じような顔をする。


「私ね、もう一人お姉ちゃんいるんだ〜」


「え?お姉さん?」


「そ!夏芽っていうんだけど、蓮兄と同じ……なのかな、元ヤンなんだ」


「ちょっと待って、お兄さんも元ヤンなの!?あれで!?」


次々と出てくる新情報に頭が追い付いていかない。

確かに目付きは悪かったが、蓮が喧嘩など、そういった荒い行為をしていたなど全く想像が出来なかった。


「稜くんに助けられたんだって。今でこそ優しいけど、前は血塗れで帰ってきたりしてたんだ」


「だからお兄さん、あんなにアイツのこと信用してんの?」


「それだけじゃないと思うけど、あの一件も理由としてはあるんだろうね。親にも見放されて、私たちのことも突き放してさ」


昔のことを懐かしむように語る。

当時の蓮は、それはもう見ていられないくらい荒れていた。

自暴自棄になり、いつこの家を出て行くのかも分からなかったくらいだ。


「一人になろうとしたのも、今思えば自分を守るためだったのかな……。最初から何も無ければ、失う物も無いからさ」


そういうと、桜は目に涙を浮かべた。


「桜!?どうした!?」


「思い出したら泣けてきた!!ヤバい!!早く上がろ!!」


今にも泣き出しそうな顔をしながら、さっさと体を洗って風呂を出る。


「一瞬でも早く、蓮兄のこと抱きしめたい」


プツ、プツ、と寝巻きのボタンを留めながら、ぐすっと鼻水をすする。


「もう一人になろうとはしないんじゃないかな」


「うん……。でも何かさ、こう……上手く言えないんだけど、不安になっちゃってさ」


今の蓮からはあまりにもかけ離れすぎている。

そんなにも酷かったのだろうか。何も知らない自分が、桜の力になりたいだなんて、おこがましいにも程がある。


着替えを終えると、すぐ様駆け足でリビングへ向かった。


「お、風呂上がったかー。晩飯出前にでも――」


言葉を遮るように、ソファに座っている蓮に抱きつく。


「え?何?お化け見たとかじゃねーよな!?」


まさか風呂に霊でもいたのだろうか、恐怖で身を震わせながら、桜を心配する。


「蓮兄、もう一人になろうとしないでよ……」


「桜?」


友人の前でも、恥ずかしいだなんて気持ちは一切無かった。

何よりも、兄が心配で仕方なかった。

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