◇第百八十四話◇

そして現在。

時は過ぎ、夜になった。


「もう真っ暗だー。ねぇ、泊まっていけば?」


「ふえぇ!?!?」


何とも情けない声が漏れた。

桜の部屋には、勿論ベッドは一つしかない。


どうするべきか悩んでいると、桜は嬉しそうに提案する。


「ちょっと狭いかもしれないけど、二人で寝ようよ!」


「なっ!?!?」


――それは俗に言う、添い寝というやつでは!?


茅鶴の心の中はまさに戦場と化していた。

正直言ってしまえば、その言葉に甘えたい欲はある。否、その欲しかない。


だが、そんな事をして理性を保っていられる気がしなかった。


(襲っちゃうよ、ベッドに好きな子と二人きりとか耐えられないって!!)


悶々と頭を抱えているうちに、桜は何かしら用意をし始めた。


タンスから出したのは、寝巻きのようだ。


「さ、桜?」


「茅鶴のお母さんたちから許可出たらさ、お風呂一緒に入ろ!」


「ぶふっ!!」


これはもう襲ってくれと言っているようなものでは?などと外道のようなことを考えてしまう。


(待て待て待て、友だちなら当たり前だろ……。一旦冷静になろう……)


ここで断ったら逆に不自然である。

不可抗力だ。そう自分に言い聞かせ、家に電話をかけた。


「もしもし、お母さん?今日はもう遅いから、桜の家に泊まってって良い?……うん。うん、迷惑かけないよ」


プツリと電話を切ると、隣で聞いていた桜が話しかけてきた。


「許可取れた?」


「うん。桜の家なら安心だって言ってた」


「あはは、もう親公認のカップルみたいじゃん!」


「カッ……!?!?!?」


茅鶴の脳内はもうキャパオーバーであった。

これこそが天然の人たらしというのだろうか。


そうと決まれば先程引っ張り出してきた着替えを手に持ち、風呂へ直行する。


「あれ、泊まり?」


廊下ですれ違った蓮が二人に声をかける。


「うん!今からお風呂だから覗かないでよ!」


「覗かねーよ!!」


ギャイギャイと言い合う兄妹を横目に、チラチラと家を見回す。


「そういえば、もう夜なのに家の人帰って来ないんですか?」


まだ未成年の二人を残して親は何故帰って来ないのか、そんな当たり前の不信感を覚えた。


「あー、今海外出張中っつーか……まぁ、俺が悪いっつーか……ねぇ」


「……蓮兄は悪くない」


「いやいや、いいよ別に気にしてねーし」


突然不機嫌になった桜。聞いてはいけないことだったのだろうか、そう思い、咄嗟に謝る。


「ごめん、人の家のこと聞いたりして……」


「何で茅鶴が謝るの!?私がムカついてるのはお母さんたちにだよ!!私たちには優しいのに、蓮兄にだけ、」


「桜。そこまでだ」


「ムグッ」


家庭の事情を無闇矢鱈に話すわけにはいかない。

聞かせたところで、気を使わせてしまうのは目に見えているから。


「悪ぃな、気にしないでくれ」


ははは、と困ったように笑う。

蓮にだけ、何だったのだろうか。

それに桜が言っていた。


(私、たち?)


知っている限り、兄の存在以外よく分からない。

好きな人のことはできる限り知りたい。


まだ茅鶴は、この家の事をほとんど知らない。

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