◇第百八十三話◇

「ごめんなさい」


結局、たった一言でその生徒はフラれてしまった。

安心した反面、良心が痛む。


どうしたもんかとしているうちに、角からヒョコっと桜が顔を出した。


「茅鶴?……見てた?」


「うん……あ、いや通りかかっただけで」


「そっかー、恥ずかしいなぁ」


えへへ、と後頭部を掻く。

何だかいたたまれない気分になり、数秒の間を置いて問いかける。


「良かったの?」


そう聞くと、桜は真っ直ぐな目で答えた。


「うん。だって子どもだもん」


「同い歳だけど……」


歳の差といえば、誕生日くらいだろう。

それでは自分も子どもだと言っているようなものじゃないのか?と、茅鶴は疑問を抱えた。


が、そんな事を気にする素振りもなく、桜は堂々とした振る舞いで当たり前のように言い放った。


「精神年齢の話!稜くんみたいな人じゃないと嫌!」


「稜くん?」


知らない名前。俳優だろうか。アニメのキャラクターだろうか。

心の底で、身近な人物でいて欲しくないと焦る。


「うん!お兄ちゃんの友だちで、二人目のお兄ちゃん的存在なの!」


分かってはいた。きっと、その稜という人物が、桜の意中の相手なのだろう。


そんなに嬉しそうな顔をしないで欲しい。

好きな男の話なんて聞きたくない。


何にイラついているのか分からない。色んな感情が頭の中で戸愚呂を巻いている。


桜はただ、好きな相手がいるから断っただけ。

その事実が、虚しくて悲しくて仕方なかった。


――何だ。そこに私の存在なんて、関係無かったんだ。


恋愛において、自分の存在は重要ではない。そんなことは当たり前。だというのに、少しでも必要とされたい気持ちが強く心に残った。


「それにさ、」


さっきまで嬉しそうに好きな男の話をしていた桜は、リセットするように茅鶴へと近付いた。


「茅鶴がいてくれれば充分だもん!」


「……へ?」


心から望んでいた言葉。

自分の、ただの妄想なのではないか。

現実なはずが無い。


目の前の彼女と目が合いながらも、この非現実的な現実を受け止める余裕など、茅鶴には無かった。


「?茅鶴??」


自分の顔が真っ赤に染っていくのが分かる。


中学一年生である少女の心を奪うのには、十分過ぎた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る