◇第百八十二話◇

きっかけは入学式の日だった。


「はぁ、違う環境……。東京怖い……」


父の転勤という、よくある理由で東京へとやって来た。

家から近く、試験もさほど難しくないと噂のあった中学校。


(本当に難しくなかったな。ちょっと勉強したら受かったし)


この間のテスト内容を思い返す。

不良校でなければ良いなという思いを抱きながら、校内へ一歩踏み出した。


すると、すぐ目の前で子犬のように震えている女の子が一人。


「どうしたの?」


声をかけると、肩を一度震わせ、こちらへ向く。

その瞬間、心臓の高鳴る音が聞こえた。


(か、わいい……)


人形のように綺麗な目、透き通るような肌、それと対比するように真っ黒な髪。全てが完璧な容姿。


一目惚れといっても過言では無かった。

子どもながらに感じた、美しいという感情。


「あなたも、新入生?」


(うわ、喋った……!!)


心臓が脈打つ音が聞こえる。

この子も人間なのかと、当たり前の思いが頭をよぎった。


「あなたも、ってことは……同級生?」


「うん!私、朝霧桜!あなたは?」


「あ、遊馬茅鶴。よろしくね」


初日で緊張していたのが馬鹿馬鹿しいくらい、簡単に友だちが出来た。


(嬉しい……。こんな可愛い子と友だちになったんだ……)


きっと、この時はまだ友だち以上の感情なんて無かった。

アイドルのような、自分にとっての憧れのような存在。それが、例えとしては一番しっくりくるだろう。


月日は流れ、木々は段々と紅葉し始めた頃。

その時は図書館へ用があり、あまり生徒が通らないような、静かな道から近道をすることにした。


すると、聞き覚えの無い男子生徒の声が聞こえてきた。


「好きです、付き合って下さい!」


なんと、人生初の告白現場に遭遇するという、プチイベントが発生したのだ。


興味本位で角から覗き込む。

一体どんな子が告白されたのか。上手くいくのか、フラれるのか、心の中で見ず知らずの男子生徒を応援する。


勇気を出して告白したのだから、上手くいって欲しいなどと思い、少しだけ体を乗り出して相手の子を見た。


「え……」


その相手は桜だった。


本人にとっても初めての告白だったのか、少しばかり戸惑っている様子だ。


(いや、うん。桜可愛いもんな……。見る目あるよ、あの人。……でも)


友だちが誰かに好かれるのは嬉しい。嬉しいはずなのに、心の奥底では上手くいって欲しくないなんて、最低なことを考えてしまっている。


(取られたくない……)


この感情になんて名前を付けられているのか、まだ中学一年生の幼い少女には分からない。

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