◇第百七十九話◇

花火が上がり終えると同時に、何組かが帰りの支度を始めた。


「っしゃ、俺らもそろそろ帰っかー」


「ちゃんとゴミは片付けるんだぞ。帰るまでが花火大会だからな」


「オカンだ、梅宮オカン」


「語呂が悪いな」


等と話している中、春は普段の元気を失い始めていた。

自分の中にあるこの感覚が何なのか、ずっと分からないままだった。


そんな彼女の思いを無視するかのように、背後から可愛らしい声が呼びかけてきた。


「あれ、蓮兄!」


「桜?」


声の主は、蓮の妹である桜だ。

その隣には、ピンで左の髪を止めている、青みがかった赤髪の少女が立っていた。


「この人が桜の兄さん?」


「そ!頭悪そうな顔してるけど天才なんだよ!」


「おい、どんな紹介だ!?」


それが兄に対する態度なのかと思ったりもするが、これが日常なのだから何もおかしなことは無いのかもしれない。


そして、桜は嬉しそうに稜を紹介した。


「で、この人が稜くん!私の将来の旦那さん!」


「いやちげーよ」


声が届いていないのか、依然として幸せそうな笑顔を浮かべている。


「あぁ、この人が」


隣にいた少女が放ったそのたった一言で、稜の周りの空気だけが一瞬変わった気がした。


(何だ……?何か……言い表せねぇ寒気が……)


日も落ちたとはいえ、真夏にこんな悪寒を感じたのは久しぶりだった。

今のが何だったのか分からないまま、今度は笑顔を向けられる。


「どうも初めまして。遊馬茅鶴あすま ちづるです」


「茅鶴ちゃんかー!桜と仲良くしてくれてあんがとなー!」


わしゃわしゃと彼女の頭を撫でると、間に桜が割って入ってきた。


「ちょっとやめてよ蓮兄!!茅鶴は私の特別なの!!」


「えー?何だよそれー、だったら稜だって俺の特別なんですけどー!」


今にも兄妹喧嘩が始まりそうな雰囲気の中、稜は違和感を覚えた。

それが何なのか聞かれればよく分からない。だが、明らかに何かが変わったのだ。


(桜の隣の奴、何なんだ?初対面……だよな……)


何故だか、敵視されている気がする。

過去にもし会っていたとしても、人の顔を覚えるような面倒なことを自分がしているはずがない。


恨まれるようなことをした覚えはないが、普段の行いから、恨まれていても何らおかしなことは無いという結論に至った。


だが、その後の帰り道で、それまでの推理は外れていたことを知ってしまった。


「じゃ、またなー!」


「うん!また遊ぼうね!」


それは、皆と別れた後の話。


偶然か嫌がらせか、茅鶴と帰り道で二人きりになってしまったのである。


(何で同じ方向なんだよ……)


本音を言えば、茅鶴を置いて帰ってしまいたかった。

が、もうすっかり辺りは暗くなっていた。そんな中を女子中学生一人で帰らせるのは、さすがに危ない。


仕方なく人通りが多いところまでは送ってやろうと、歩を合わせた。

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