◇第百七十六話◇

友人と花火大会へ赴いた者も中に入るようで、チラチラと春の顔をどさくさに紛れて見に来る者もいた。


視線など全く気にする様子は無く、ただ純粋に彼女は花火を楽しみに待っていた。


「視線凄いな……。容姿が良いってのも、生き辛そう……」


「可愛いは罪だから。皆私の顔にしか興味無くて悲しいよ」


「さり気なく自慢を混ぜてくるなよ」


エヘン、とでも言いたそうな顔で、春は胸を張る。

否定出来ないのが悔しいが、実際彼女に恋人がいないのは、自分を見てくれる人がいないというのも一つの理由なのだろう。


「まだ花火まで時間ありそうだから、屋台でも見てくる!」


「おっ、じゃあ俺かき氷レモン味!」


「パシリ!?良いけど決めるの早っ!」


ウキウキとお使いを頼む蓮。場所取りもあるため、二手に分かれることになった。

春ともう一人、ジャンケンで負けた者が付き添いをすることに。


「ってことで、ついでにりんご飴と焼きそば任せた!」


負けたのは稜である。

自分の出したチョキの手を見ながら、ガックリと肩を落とす。


「私はかき氷イチゴ味と何かご飯系の物」


「四本の腕で足りるかな……」


仕方なく人混みをかき分け、屋台の並ぶ道へ辿り着く。

中々大きなイベントであるため、店の数はかなり多い。


「んーと、あっ、あった!かき氷屋さん!」


タッタッと駆けていく春の腕を掴み、面倒そうに止める稜。


「こんなクソ暑い中先に買ったら溶けるに決まってんだろ」


「あ、あはは〜。分かってるよ、分かってたようん」


照れ笑いをしながら、キョロキョロと辺りを見渡す。これは絶対に分かってなかったなと、そのアホさ加減に溜め息を漏らす。


「雨夜くんは何か無いの?食べたい物」


「特にはねーな」


言われてもあまり思い付かない。何か手軽な物が良いと伝えると、周りの屋台を見ながら考え始めた。


かと思えば、何か見つけたのか目を輝かせながら、稜へと振り返る。


「たこ焼き美味しいよたこ焼き!半分こしよ!」


「お前が食いたいだけじゃないのか?二つ買っても良いだろ」


「えー?こういうのは分けるからより美味しく感じるんだよ!」


言っている意味がよく分からない。味は同じだろうと言いたかったが、春は何故か半分前提で店へ駆け寄る。


学校以外での食事はいつも一人。兄は夜中まで働いているため、高校に入ってからはまだ一度も顔を合わせていない。


「買ってきたよ!」


いつも以上に楽しそうな彼女を前に、何だか心の奥が温かくなった気がした。

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