◇第百七十五話◇
そうこうしているうちに、いつの間にか時間が過ぎ去っていた。
散らばっていたものたちを後片付けし、外に出る。
「実は私、花火大会初めて行くんだー!楽しみ!」
「マジ?実は俺もなんだよねー!テンション上がるわ!」
キャイキャイとはしゃぐ二人。日が少しは沈み始めてきたとはいえ、まだまだ猛暑。どこからそんな元気が出てくるのか、全く理解が追いつかない。
「お前らは?行ったことあんの?」
「私も無いな。雨夜は?」
「俺は……」
何を言い留まっているのか、一瞬口を噤んだ。
「一度だけ」
「あるんだー!じゃあ、雨夜くんが一番先輩だね!」
「一度だけだって」
何が先輩なのか、全く分からない。
もうどんな雰囲気だったかもほとんど覚えていない。
会場に向かう中、春と薫は前方で普段以上にテンション高く騒いでいる。
「稜、花火大会とか行ったことあんの意外だったわー。俺を差し置いて誰と行ったんだよ」
少し不服そうな彼に軽くデコピンを食らわせた。
「いって!!何すんだよっ!」
「お前と行くぐらいなら一人の方がマシだけどな」
「何でそんなこと言うの!?泣いちゃうよ!?」
隣で騒がしい彼に一度小さな溜め息を吐く。
とても小さい頃の記憶。もう、朧気だ。
「家族と行った」
「……え?」
微かに残っている記憶の中の自分は、他の子どもと何ら変わらない、普通だった。
母と手を繋ぎ、目を輝かせながら、初めて近くで見る花火に笑顔を見せる。
もう、二度と戻ってくることのない、日常。
「二人とも、早く早くー!」
「こんなクソ暑い中元気だな、さすが猿は違う」
「今私の悪口言った!?」
面倒臭そうに少しだけ歩を速める。そんな稜の後ろ姿を見ながら、蓮は拳を握りしめた。
「俺には、何もできねぇんだな……」
そう呟くと、三人の後を追うように走り始めた。
きっと、心の底では感じ始めているのだろう。この関係が、無駄なものでは無いと。
少しずつ、だが確実に、稜の人生の歯車は回り始めている。
会場に着くと、既にたくさんの人が溢れ返っていた。
「春、逸れるなよ。ケダモノだらけだ」
「言い方!大丈夫だよ、私そんなモテないから」
「そういうところが危なっかしいんだぞ、警戒を怠るな!」
周りはカップルだらけだというのに、周りの男たちを睨みつける。
「怖いって、俺らもいるから心配すんなよ!それに、狙われるのは月野だけとは限んねーし?」
「朝霧、この間私をナンパする奴なんていないと言っていたよな」
「分かんねーじゃん!一応女の子なんだから!一応!!」
「何故二回言った」
男勝りな性格のせいか、それが容姿にも反映されているのだろう。恋愛経験はゼロなのだ。
「薫、モテるのに……。隙が無いから……」
「男に隙を見せたらそれこそ終わりだ。侍になりきるんだ」
「意味分かんないよ!」
真面目な顔で何を言うかと思えば、凛々しい顔立ちでアホなことばかり言うのがまた、変人のレッテルを貼られる原因になっているのだろう。
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