◇第百七十四話◇

蝉の鳴き声が鬱陶しさを増す。

それは昼過ぎに起きた。


「「あーまーやーくーん!あーそぼー!」」


聞き覚えのある声が外から聞こえてくる。

冷房の効いた心地の良い空間から一転、LIMEを無視し続けた結果がこれである。


声の主は恐らく、蓮と春だ。そして、今も家中に響き渡るインターホン。上から覗いた限り、その犯人は薫で間違いないだろう。


玄関の扉を開け、部屋着のまま外へ出る。


「近所と俺に迷惑だ。帰れ」


「雨夜くん、普段そんなラフな格好してるんだ!制服キッチリ着てるから意外!!」


「おい、人の話を聞けよ」


扉を開けたが最後、蓮を筆頭に三人は家へ押しかける。


「帰れって」


「おそよう雨夜。よく眠れたかい?」


「何かムカつくんだがその言い方。お陰で最悪な気分だ」


何故こんなにも自分の周りは面倒臭い人間ばかりなのか。今すぐ全員を追い返したい。そんな思いが頭の中で暴れ回っていた。


玄関を閉めると、女子二人は楽しそうに家の中を探索し始める。


「一応人んちだぞ。大人しく座ってろ」


「はーい」


返事はするものの、一向に座る気配が無い。

特に変な物を置いているわけでもないので、仕方なくそのまま自由にさせる。


「で、お前は何コソコソしてんだ」


一方で、蓮はまるで何かに怯えるかのように、慎重に足を踏み入れた。


「いやだってさ、お前の兄さんいたら怖くて入れねーよ」


「安心しろ、今日もバイトだ」


「マジか、すげぇな」


稜の兄は現在、大学一年生である。学生の思い出となる貴重な夏休みを、バイトで潰してしまっていることに、他人事ながら勿体無いとしか思えない。


「喉乾いた。何かくれ」


「自由だな、おい」


既に薫はソファの上で寛いでいた。

良くも悪くも、自由で羨ましい。


こうなることは前々から覚悟していたわけで、仕方なく台所で人数分の麦茶をコップに注ぐ。


「大変そうだねぇ、手伝うよ」


ひょこりと壁から顔を覗かせるのは、春である。

冷房の効いた部屋だというのに、稜は外の気温のせいか、いつも以上にイライラして仕方がない。


「一体誰のせいだと思ってんだ。一々家まで押し掛けやがって」


「辛口!!雨夜くん、仲間外れにしたら可哀想じゃん」


「要らねぇよそんなクソみたいな同情」


不満を何一つ包み隠さずぶつけるが、そんな中でも手際良く飲み物と菓子類を用意する。


「ほら持て。ついでにアイツら二人にも運ばせろ」


「もー、ぷりぷりしないでよー」


「俺は海老か?」


結局、涼しい部屋で寛いでいる鬱陶しい二人のため、社交辞令としてテーブルに軽い菓子類と飲み物を用意する羽目になってしまった。

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