◇第百七十三話◇

「白鳥先生、あの」


母親は鞄から何かを取りだし、誠に差し出す。


「日記……?」


「娘の、紗香の日記です。先生に会った時、渡そうと思ってて」


手に取り中を開くと、そこにはビッシリと彼女の人生が綴られていた。


「これを読むべきなのは、私ではなく先生です」


「……あ」


虐めの件も事細やかに書かれており、思わず目を背けたくなった。

だが続きには、とても暖かく優しい言葉も書かれていた。


『〇月×日 今日、白鳥先生が私の話を聞いてくれた。とても真摯に、静かに耳を傾けてくれた。ただそれだけのことなのに、先生の前で泣きそうになっちゃった。』


『〇月△日 私は皆と仲良くなりたい。でもそんなの、絶対出来ないんだ。私は馬鹿だから、皆の考えてることがよく分からない。』


紗香の本音がそこにはあった。

彼女たちに見せると、三人はその場で崩れ落ち、静かに泣いた。


「……っ」


次のページには、誠のことが沢山書いてあった。

紙は部分的にヨレており、文字も少しだけ滲んでいる。

きっと泣きながら書いたのだろう。


『〇月□日 私は白鳥先生のことが大好きなのだろう。先生としてだけじゃなく、一人の人として。一生隣にいて欲しいって願ってしまうくらいに。』


彼女が言いたかったことは、きっとまだまだ沢山あったのだろう。

直接聞いてあげたかった。全部ぶつけて欲しかった。傲慢かもしれないが、それが誠が紗香に出来る唯一のことだったから。


「お母様、ありがとうございます」


「ううん。読んでもらえて嬉しい。その日記は先生が持っていて下さい」


「良いんですか?」


「その方が紗香も喜ぶわ」


自分に紗香の遺品を貰う資格なんてあるのだろうか。

無いかもしれない。それでも、紗香が自分のために書き綴ってくれたこの日記は、大切な記憶として自分が保管するべき物なのだと思った。


たくさん、自分との思い出を書き綴ったこの日記。

本当はちゃんと紗香のことを支えていられたのだと、この時初めて知った。


──余計なことじゃ、無かったんだ。


紗香の本心がここにはある。

何年も囚われ続けていた、紗香の最期の言葉は、本心などでは無かった。


本当に言いたかったことはきっと――


――先生、好きです。


「……本当、こんなダメ教師のどこが良いんだか」


流れ落ちそうな涙を必死に堪えた。


大切にしよう。この思い出は、決して忘れてはいけないのだから。

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