◇第百七十一話◇
「これ下さい」
一輪の花を店員に渡す。
事件があってから四年が経ち、夏休み一日目に突入した頃。
誠は買った花を片手に、墓場を歩く。
「っ……」
目的の墓の前まで来ると、三人の女子大生が立っていた。
「吉田……。小倉と川内も」
「せ、先生……?」
紗香を自殺まで追い込んだ張本人である、彼女たちだった。
あの一件から一度も顔を合わせたことが無く、一瞬分からなかった。髪型も、服装も全く違う。あの時より大人になっていた。
「何で……」
「……先生」
泣きそうな顔で、三人は口を噤む。
今日は彼女の誕生日だ。
「それ、もしかして橘に?」
吉田と呼ばれていた彼女の手には、紗香の好きだったカステラの袋があった。
「紗香にって……思って。でも食べ物は置いてけないから、気持ちだけ……」
皆、変わっていた。
決して許されるわけではない。事実を変えられるわけではない。それでも、三人は心の底から悔やんでいる。
人を傷付けることが、どれほどの罪となるのかを、身をもって嫌なほど理解しただろう。
「橘も、きっと喜んでるよ」
もう二度と彼女に会えない。話せない。ここにいる誰もが、あの日のことを──いや、そこに至るまでの自分たちの行いを後悔していることだろう。
そんな誠たちの空気を一変させるように、女性の声が後ろから聞こえてきた。
「うちの娘に、会いに来てくれたんですか?」
振り返ると、そこには四年前よりも大分やつれてしまった、紗香の母親がいた。
「お母様、お久しぶりです。娘さんの担任だった、白鳥です」
「白鳥先生、お久しぶりですね」
彼女ら三人も気まずそうに頭を下げた。
何て言葉を発せばいいのか分からない。謝りたいのに、何て言えばいいのか分からなかった。
「あの時はすみませんでした」
一番初めにその言葉を口にしたのは、紗香の母親だった。
「先生が異動された後、ちゃんと話を聞いたんです。そしたら、先生は何も悪くなかったと分かって……」
今にも泣きそうな声。それを押さえ付けるかのように、母親は頭を下げた。
「娘のために沢山苦労して下さって、本当にありがとうございました」
そのたった一文程度の言葉は、今まで誠が抱え続けていた心の闇を払うのに充分なものだった。
余計なことさえ──
あの時言われた一言がどうしても忘れられなかった。ふとした時、脳をよぎり続けた。
だが、目の前で頭を下げ続けている母親を見て、何だかあの言葉は彼女の本心では無かったのではないかと思い始めた。
──無駄なんかじゃ、無かったんだ。
目から溢れだしそうになった涙を、必死に抑える。
ここで泣いてしまったら、紗香に合わせる顔など無い。
あの世にいる彼女に、笑われてしまうから。
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