◇第百六十六話◇

二者面談が終わってから数日が経ったある日、紗香は三人に校舎裏へと呼び出された。


「テメェ、言いやがっただろアイツによ」


「え……」


何故バレた?気付かれないようにしていたのに。

答えは明確だった。

この間の二者面談、誠は生徒たちの将来について話すと言っていたが、恐らく本当は違った。


「あの後家に白鳥が来て、親にチクリやがったんだよ。まぁ、母さんも父さんも私のこと溺愛してっから簡単に騙されたけど」


「そーそー。けどさ、少しでもそういう話が出ちまうこと自体が問題なわけ。だから慰謝料も追加ー」


「でもまー、私たちも鬼じゃねーし?明後日まで待ってやるよ。一人百万ずつで計三百万。持ってこい」


「さ、さんびゃ……そんなの払えるわけ……っ」


「じゃーよろぴ!」


先生に相談してることがバレたから?だから三人は更に無茶な要望をしてきたのだろうか。


(何で、何で言っちゃったの)


思いたくない。誰かのせいになどしたくない。

あんなに親身になってくれた誠を責めたくない。


「助けてくれるんじゃなかったの……?」


心の奥底では分かっていた、誠は何も悪くないと。

自分を救おうと頑張ってくれていたと。


それでも、どん底まで堕ちてしまった心を救い上げる力がもう彼女には残されてなかった。


(もう駄目だ。もう逃げられない)


紗香はゆっくりと歩み始める。

サッカー部の声が聞こえる。バスケ部のボールの音が聞こえる。

皆、皆幸せそうで羨ましい。


階段に足をかけ、上へ上へと上がっていく。


そこに、職員室からタイミング良く出てきた誠は、紗香の後ろ姿に目を止めた。


「橘?」


行き先は屋上。目的地に辿り着くと、迷いなく柵を乗り越えた。


「橘!!」


「……先生」


息を切らしながら屋上へ入った。

この状況なら、誰だってすぐに嫌な予感が脳裏を過ぎるだろう。


「橘、こっち戻ってこい」


そんな誠の言葉など無視し、紗香は問いかけた。


「何で、皆に言ったんですか……」


「言ったって……」


「言いましたよね、本人たちにも。家の人たちにも」


この間の二者面談と家庭訪問のことだ。

全部、虐めをやめさせようとして行ったことだったはずなのに、今彼女は飛び降りようとしている。


「俺は、アイツらに自分がやってることを自覚させようと──」


「余計なことしないで!!!!」


言いたくなかった言葉が、流れ出るように放たれてしまった。


「余計、」


──自分のせいで橘を追い詰めてしまったのか?


余計なことをしたせいで、今こうなっているのか。

そんな思いが頭の中を駆け巡った。


何も言わなくなってしまった誠。違う、傷付けたかったんじゃない。


(私は先生が、私のために一生懸命になってくれることが、嬉しかったんだ……)


助けて欲しい、紗香の心はいつしかそれだけじゃなくなってしまっていた。


もっと邪で、汚い感情に支配されていた。


(もっと私のことを考えていて欲しい。私だけのために……)


汚い、醜い。誠はただ、虐めを受けている自分を助けようとしてくれてただけなのに。


(一番酷いのは、私……)


自分さえいなければ、家族は守れた。誠は苦しまずに済んだ。


──もう、この世界に私はいらない。


少し涼しい風が彼女の髪を撫でる。


後ろを振り向くと、誠と目が合った。


「先生、好きです」


そう言って、彼女は屋上から身を投げた。

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