◇第百六十五話◇

だが、そんな心配はすぐに打ち砕かれた。


「分かった。その日までに何とか色々やってみるよ」


その一言が、彼女──紗香にはまるで神の言葉にまで思えた。


「……ありがとうございます!」


深々と頭を下げる。

この人だけは味方でいてくれる。この人が担任で良かったと、この時初めて心の底から安心できた。


それから誠は、二者面談を“皆が今将来をどう見据えているのか”という名目でクラス全員分行った。


「吉田、誰かを貶めたり苦しめたりしてないか?」


「ちょっ、えー?何々先生、私がそんなことするわけ無いじゃん」


はぐらかすようにケラケラと笑う。

虐めている側はいつだって遊び。本気で苦しんでいる人がいることなど、本人たちにとってはどうでもいいことなのだろう。


「俺はお前たちに、社会人になっても人を傷付けるような、そんな大人になって欲しくないんだ」


「何それー、冗談のつもり?笑えないんですけど」


これでは埒が明かない。

自分が何を言ったって、はぐらかし続けるつもりなのか。

他の二人も同様、誰も紗香を虐めていることを認めなかった。


ならば、直接三人の両親に話合わせてもらおうと、また翌日今度はそれぞれの家に訪ねた。


「うちの娘が虐めですか?ちょっとちょっと、笑わせないで下さいよ」


「冗談でここまでしません。現に、とある生徒から話を──」


「はぁ!?何なのアンタ!!どうせその子が構って欲しくて嘘ついてるだけよ!!不愉快だから帰って下さい!!」


それだけ言うと、勢い良く扉を閉められた。

他の親も娘を心底信用しているのか、話を聞く素振りすら見せやしない。


(どうしたら……)


担任だからだけじゃない。どうしても無視できなかった。

必死に助けを求めてきた彼女を、どうしても救ってあげたいと思ってしまった。


また次の日、今度は校長室へ来ていた。


「虐め?我が校でそんなことあるわけないじゃないですか」


「……しかし、そういった訴えを直接本人から」


「どうせ被害妄想が激しい子なんでしょ。三人とも成績こそ高いわけじゃないですけど、皆良い子たちですしね」


校長のこの言葉で悟ってしまった。


(俺も、校長も、周りの皆も全員……表面でしか人を判断できないのか)


外面が全て。そんなに己の保身が大事なのか。人を傷付けてまで優位に立っているという錯覚を起こしたいのか。この学校の名誉が生徒一人よりも大事なのか。


(どいつもこいつも、人間じゃねーよ)


夢が叶った二年後の今、この職業がいかに非道なものなのか、気付いてしまった。


「もういいです。もう頼りません」


怒りや呆れを通り越して、失望すら感じていた。


──もう、こいつらは駄目だ。

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