◇第百六十二話◇

三者面談が一通り終わり、職員室には疲労が蔓延していた。


「まこっちゃーん、三組の子たちどうよ」


「皆俺よりちゃんと将来のこと考えててスゲーって思った」


「小学生の感想かよ!」


鳴海はゲラゲラと誠の言葉に笑う。

担任を持っている教師陣は、一クラス分の両親と顔を合わせなければならないためか、緊張によって更に心がすり減っている様子だ。


「雨夜もまこっちゃんの生徒だったよね、両親もやっぱ似た感じなの?冷めきってんの?」


「アイツは両親いないみたいだよ。詳しいことは分かんないけど、お兄さんと二人暮ししてるんだって」


「え、そうなんだ……」


何だか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がし、深く追求しないようにした。

片親だったり、学費を払うことすら一苦労な家庭は沢山ある。


「生徒に寄り添うことができれば、もっと良い方向に進めるかもしんないのにな」


「……生徒たちが?」


「それもあるけど……」


机の上に置かれた資料に目を通しながら、誠はどこか悲しげな顔をする。


「……あれはまこっちゃんのせいじゃない」


「俺のせいだよ」


誠は今から約四年前まで別の高校で教師をしていた。

誠がその学校にいられなくなった事件が起きてから、もう四年も経った。

というのに、まだ昨日のように鮮明にその光景を覚えている。


もっと早く気付けていれば、もっと適切な対応をとっていれば、もっと良い道に進んでいたかもしれない。


「俺は選択を間違えたんだ。間違えた結果、俺は生徒を……橘を、守れなかったんだから」


「誠……」


過去の自分が招いた結果。何故もっと早く気付いてあげられなかったのか。


生徒の苦しみに、心の声に、耳を傾けてあげられなかったのか。


必死だったから仕方ない?生徒を思ってした行動だから許される?


そんな甘い世界は存在しない。


結果が全て。それまでの道のりも、努力も、本人以外には関係無い。


「俺にはもう、何が正しいのか分かんねーんだよ」


稜は笑わない。本気で怒らない。感情を見せない。

それはきっと、過去に何かがあったから。

でも、その“何か”に触れてしまったらどうなるのか、全てが良い方向に進むとは限らない。


自分の考えは間違ってるのではないか。全てが裏目に出てしまったらどうする。


「抱えきれないものを背負えるほど、俺は強くないから」


普段の姿が嘘のように、誠は仕事に没頭する。


それを隣で見ていた鳴海は、高校の頃からの友人が何年も抱え続けている苦しみに、ただ近くで見守ることしかできなかった。

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