◇第百六十一話◇

美術室に着くと、女生徒たちが淡々と絵を描き続けていた。


「ねぇ、俺ら入っていいの??何かすっげー場違い感……」


「大丈夫だよ、皆自分の絵に集中してるから。二人のことは空気として見てくれるよ」


「それはそれで何かヤダ」


普段から先輩や同級生の友人が出入りしているため、気にする者はまずいない。

自由な部である。


春の描いた絵は素人目であるが、とても綺麗なものだった。


「すげー……。これ楽器?ピアノ?」


「あ、うん。音楽室のを元に描いてみたんだけど」


「へぇ〜、すげー上手いな。でも何で?ピアノが好きとか?」


そう言うと、春は一瞬だけ口を噤んだ。


「何となく、かな」


珍しく何かを隠しているような態度に、稜は違和感を覚え、前にも似たようなことがあったことを思い出す。


入りたい部活を聞かれた時も、春は少しだけ今のような顔をしていたように思えた。

あの時はただ気のせいだと思っていたが、それがたった今分からなくなった。


「俺全然絵のセンスねぇからなー。稜は何かねぇの?」


「無い。俺もこういうのは苦手だからな。ただ上手いとしか言えない」


こういうことを言うと、きっと春は調子に乗ってしまう。

しまったと思い眉を顰め、彼女を見た。

瞬間、その予想は完璧に外れたことに気付く。


「上手い、上手いかぁ。そっかぁ……!」


心の底から嬉しそうに、ただ純粋に稜の言葉に喜んでいた。

一生懸命描いた絵を褒められ、これまでに無いほどの高揚感が春を包む。


「稜が人を褒めるとか、中々のレア物よ?月野ばっかズルい」


「お前は学力と運動神経以外底辺だからな」


「結構ひでぇな!?」


他に褒めるところが見付からないと、遠回しに伝えられる。

言い返したいが、本当にその通りだから何も言えない。


「月野、ただの馬鹿じゃ無かったんだな」


「ただの馬鹿!?私のこと見下しすぎじゃない!?」


「そんなことねーだろ」


全部本心だぞ?と、曇り無き眼で稜は春に告げた。

軽く涙目になりながら、その言葉を受け取る。


「どーせ、どーせ私は学年最下層ですよ……」


「おいおい、そんな落ち込むなって。本当のことだとしてもさ」


「本当だから余計タチ悪いの!!」


そんなことを言いながらも、先程までのどこか辛そうな顔はいつの間にか消えていた。


「って、あ!!もうこんな時間!!」


そのまま三者面談の時間が迫ってきたらしく、急ぎ足で四組まで去って行ってしまった。


「何か、月野って面白ぇよな〜」


「そうか?」


「うん、何か?こう見てて飽きねぇ」


自分には全く分からない感性。春は面白いのかと、不思議そうに首を傾げる。


「ま、稜もいつか気付くって。つーか……」


「……何だよ」


ジーッと稜の顔を見つめる。

何か言いたげなクセに、何故話すことを止めたのか分からず、はてなマークを頭上に浮かべた。


(稜には月野みてぇな、ストレートに生きてる人間が必要なんだろうな)


嘘をついたり、人を騙したりすることができない春は、とても貴重な存在なのだ。

裏で何をしているのか、何を考えているのか分からない人間とは、安心感のレベルが違う。


「んーや、何でもねー」


自分にはそれが出来ないから、素直で純粋無垢な彼女が羨ましくも感じていた。

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