◇第十七話◇
「何?もしかして僕って透明人間なの?インビジブルボーイなの?お願いだからそんなことないって言ってよ」
言葉に詰まることなく喋り続けられる奏に感心しつつも、さり気なく隣の椅子に腰を掛けてきたことにもっと感心した。何故こうも絡まれるのか。中学時代とは打って変わりすぎていて、稜は環境の変化に追いつけないでいる。
「それそんなに面白いの?今度僕にも貸してよ。代わりに今の僕一推しの漫画貸してあげる」
心底要らねぇと心の中で叫ぶ稜であった。わざわざ三人を振り切って此処まで来たというのに、さすが学校周辺は青京学園の人間が多い。 これ以上顔見知りの人物が増えないよう、ただただ祈る。
「ねぇねぇ、何でそんな冷たいの?僕何かした?ねぇねぇねぇ」
言葉を止めることなく立て続けに話し続ける隣の人物にさすがに限界が来たようで、とうとう本を閉じ立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待ってよ!」
奏は咄嗟に稜の腕を掴み、引き止めた。瞬間、先程までの不機嫌そうな表情とはうって変わり、条件反射とでもいうべきか、自身の腕を掴んだ手を振り払った。
「っ!!」
瞬間に稜の顔は青ざめる。振り払われた本人はわけも分からず、ただただ呆然とその場に立ち尽くす。
一瞬の間を置き、稜は自分の口元を手で抑える。あまりにも顔面蒼白なその姿に驚いた奏は慌てて駆け寄ろうとしたが、足を一歩踏み出すとほぼ同時に、稜はまるで逃げるようにして立ち去ってしまった。
「僕、何かマズイことしちゃったのかな……」
理由が理解出来ずにいる奏は、為す術なく自分の右手を眺める。
「ゲホッ……おぇっ、」
近くの手洗い場に駆け込み、ドアを勢い良く閉め、喉につっかかった異物を便器の中に吐き出す。
暫く嘔吐し続け、消化しきれていない物を胃の中から全て出し終え、息を整える。
「はぁ、はぁ……」
生理的な涙が頬を伝い落ちる。もう残りも出てきそうにないと確信を得、洗面台で口の中に残った胃の内容物を洗い流す。
鏡に映った顔を見ると、自分でも心配になるほど顔色が優れなかった。
「違う、アイツは違うのに、何でこんな……」
今にも消え入りそうなほど掠れた声で呟く。過去のトラウマ、とでも言うべきか。それが脳裏を横切り、恐怖を煽った。
「結局、未だに乗り越えられずじまいかよ」
嘲笑の笑みを浮かべたくても、笑い方をすっかり忘れてしまった稜の顔は、引きつっただけで表情はほとんど変わらなかった。
「記憶さえ消せれば、俺も少しは人生、楽しめたり……しねぇか」
自分自身の性格的に、皆とワイワイガヤガヤ騒げるタイプではないことは自覚済み。しかし、都合良く記憶を無くすことが出来るのならば、心身ともに楽になることも可能だったかもしれない。
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