◇第九話◇

親切心から渡された小説を速攻返品し、暇そうに項垂れる蓮は溜め息を吐き出す。


「もっとさー、こう刺激が欲しいって言うかさ?何なら隕石の一つや二つや三つ落ちて来てくれたらなーとか思うじゃん」


「三つも落ちてきた日には、地球も終わりそうだがな」


非日常的な事が好きな蓮は、暇が大の苦手であった。授業もほとんど寝てばかり、唯一活き活きとした顔をするのは体育の時間だけだった。現に今も、心ここに在らず。普段の元気の良さは微塵も見えて来ない。


「非日常小説なら家に腐るほどあるんだがな」


「だからもう小説はいいって」


小さな家の中に、今まで買ってきた大量の小説たちが、一体何処に仕舞われているのか問いたくなる。何処かに出掛ければ、帰り道でついでに本屋に立ち寄るなんて事はしょっちゅう行われていた。


「文字なんか読んでて面白いか?」


「文字が面白いんじゃない。物語を想像する事が面白いんだ」


「はぁ……。分からんねぇ……」


稜の小説ヲタクっぷりに、蓮は呆れる。普段は冷たく、よく言えばクール、悪く言えば無表情で人を突き放すような言動と態度をする奴が、こんな楽しそうに話す姿はとても珍しい事だった。楽しそう、といっても、表情筋は全く動いていないのだけれど。


「しかし、お前もお前で今日は珍しくしっかり制服着てんだな。何だかんだ初めて見た気がするんだが」


物珍しげに蓮の格好を見る。周りから見れば普通の格好でも、中学の頃の制服の着方を知っている稜は、その格好に違和感を覚えていた。


「なんたって始業式だからな!学校の様子見ておかねぇと、後で呼び出されても面倒くせぇし」


ふふん、とまるで「俺偉いだろ」とでも言いそうな顔をして、胸を張る。


中学時代の格好というのは、Yシャツのボタンを一つも付けず、中に黒いTシャツを着たものである。勿論ネクタイも何も付けていなかった。


「じゃ、明日からまたあの格好になるわけだ」


「まぁな。此処は思ってた以上に校則に緩かったし」


ただ単に稜に付いてきただけの蓮が、この高校の事を調べているはずも無く。まぁ、稜自身も何も下調べをしていなかったようだが、校則の緩さを確認出来た今、わざわざ服をきっちり着る人間はほとんどいないだろう。何なら極少数派ではあるが、私服で登校する生徒もいるくらいだ。


「残り時間どんくらいだ?」


「十分切ったくらいだな」


「まだそんな有るのかよ……」


一分一秒でも暇を無くしたい蓮は、無駄によく回るその頭で色々と考える。辿り着いた答えは至って単純で簡単で突飛なものだった。


「なぁ、サッカーやらね?」


「何処でやんだよ」


「嫌ならバスケでも良いんだぜ」


「だからな……」


話の通じない相手に、これ以上言っても無駄だと溜め息を吐き出した。そもそも、バスケなら兎も角、サッカーを二人だけでやるなんて、面白みに欠けると思わないのだろうか。しかし、二人して不思議と運動神経は良いものだから、昔からよく体育の時間などで張り合っていたようだ。ただ、蓮の運動神経はずば抜けているようで、稜が勝てた事は一度も無かった。

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