◇第八話◇

それにしても、本当に南校舎は驚くほど静かだった。それなりに距離があるはずの本校舎から、生徒の声がかなり聞こえるくらいに静まり返っている。


「なぁ稜、もう行こうぜ……って居ねぇ!?」


キョロキョロと辺りを軽く見回し、再び共に行動していた人間へと目を向けたはずの蓮だったが、そこには廊下がただただ続いている景色が見えるだけだった。


「あの野郎……俺を放って図書室に直行ですか?俺が彼女だったら絶対一日も持たないね」


誰もいない事を良い事に、愚痴を零す。誰に聞かれるわけでも無いと思っていたようだが、残念。背後からその言葉に答える声が聞こえた。


「悪かったな。生憎俺は今の生活で充分満足してるんでね」


「どわっへぁ!?!?」


いないと思っていた人物が突然、しかも後ろから声を掛けてきたら誰だって驚く。というよりは、この蓮という男。顔に似合わず大の幽霊嫌いであった。一瞬恐怖で身が固まったが、稜だと理解すると違う意味で再度固まる。


「りょ、りょりょりょ稜!?!?何で!?いつから!?」


「うるせぇよ。元々煩いクセに、こんな静かなところで声張り上げたら更に煩くなるだろうが」


本校舎なら、かき消してくれる声が幾つも存在してくれているのだろうが、残念ながら此処には環境音という名の雑音しか存在していなかったため、蓮の大音量で発された声が南校舎の廊下に響き渡る。


「図書室の様子見に行ってただけだ。別に置いて行っても良かったんだがな」


「あぁあ!!ごめんごめん、俺が悪かったから怒らないで!!飴ちゃんあげるから!!」


「要らねぇし、お前関東産まれだろうが」


何故関西のおばちゃんのような事を言ったのか不思議だが、そもそも最初から怒ってなどいなかった稜は、図書室内を覗けた事に満足したようで既に本校舎へ帰る気満々だった。


「さて、戻りますか」


「そうだな」


珍しく意見が一致した二人は、そうと決まればさっさと本校舎へ向かう。元々蓮は静かな南校舎は苦手で、稜も図書室以外の場所に興味が無かった。その上、此処は事務室や相談室など、滅多に来ないような教室だらけだったので、見学して行かなくとも大して困ることも無い。


ので、何を揉めることもせず本校舎へと帰ってきた。相も変わらず煩いのなんの。南校舎まで聞こえて来るほど賑やかであれば、その場に来てしまえば尚更だ。


「落ち着くな〜」


蓮にとってはほど良い賑やかさなようで、何故かのほほんとした顔をして頬を緩ませる。


「にしても、俺と同じ考えの奴らがゴロゴロと。見てみろ、俺は至って普通だ」


「え?俺がおかしいの??」


先生から言われた通り学校探検をしただけだというのに、変人扱いをされ不服そうな顔をする蓮。変人である事は否定出来ないが、今回ばかりはまぁまぁ一般的な考えをしていた。と思う。


「後二十分くらい暇だな。何か面白いこと起きねぇかな〜」


「なら、これ読むか?新刊だ」


チラリと見せられた物は、ブックカバーが掛けられていて中身がよく分からなかったが、恐らく小説なのだろうと予想が付いた。それもそのはず、漫画なんて読んでいるところを見たことがないからである。雑誌もまた然り。


どうせ興味も無い本をわざわざ見るわけもないのだが、蓮は不思議がりながら右手でそれを受け取りまじまじと見つめる。


「……んで、これのジャンルは」


「ミステリーだな」


「だと思ったよ」


何処と無く声を弾ませながら、読めと言わんばかりに目を輝かせる稜。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。文字の嫌いな蓮だったが、渋々中を開く。かと思えば、最初の一文を見ただけで閉じてしまった。


「お前にはまだ早かったか」


「早いも遅いもねぇって。最早最初の『現実とさえ思えるほどリアルな夢を見ていた俺は、けたたましいサイレンの音と共に目を覚ました。』までしか読んでねぇわ」


「文字は嫌いなクセに、よくあの一瞬でそんな長文覚えられるな」


恐ろしいほどの記憶力を前に、理解不能の敗北感を覚えた。自分にもそんな力があれば、テストだって苦労しなくて済むのにと、内心嫌でも目の前の男を羨んでしまう稜である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る