◇第六話◇

何故自分がいるクラスを知られているのか気になったらしい稜は、不思議そうな顔をした。


「お前……、私の事覚えていないのか?後ろの席の梅宮だ」


そう言われ、この時初めて納得する。が、やはり顔も名前も覚えが無いようで、再びそっぽを向いた。プリントを回す時も今までテキトーに手渡していたらしく、後ろの席の人物の顔など一度も見ていなかったため、本人は気付きもしなかったようだ。


「あー、悪ぃな。アイツ人間嫌いなんだよ」


「人間嫌い……」


入学してまだほんの僅かしか経っていないのだ。覚えていないのも当然の事だと割り切っているらしい薫は、興味津々に稜の所へ駆け寄り話し掛ける。


「雨夜、と言ったな。少し話でもしないか?」


素っ気ない素振りをされ、普通の人間なら既に嫌な顔をして立ち去る所を、逆に敢えて絡みに行くなんて珍しい奴もいたものだと内心驚きを隠せずにいる蓮。


だが、会話する気零の稜が誘いに応じるはずも無く、全く反応すらしなかった。


「話をする事すら拒否するなんてな。面白いじゃないか」


「え、面白い?面白いのかこれ……」


薫のあまりの変人っぷりに、別の意味で動揺した。さすがの蓮も自分とはまたベクトルの違う変人を目の当たりにしたのだ。驚くのも無理は無い。


「珍しい……。薫が初対面の人に興味持つなんて……」


「相当変人なんだな、あの梅宮って奴」


人の事言えないだろうとツッコミそうになった稜は、不可抗力で薫と目を合わせてしまった。


「やっと見てくれたな」


その言葉が癪に触ったのか、とうとう稜は言葉を発した。


「何で俺の事覚えてんだ」


「そりゃ、あんな自己紹介されたら嫌でも覚えるだろう」


あんな自己紹介とは何の事だと、印象的な自己紹介をしたご本人様は、理解の追い付かない頭で考える。


「何々、また稜あの自己紹介したわけ?面白過ぎるんですけど」


「何が面白いんだ。自己紹介なんだから、言うのは名前だけで充分だろ」


「いやいや、普通そんな発想には至らないからね」


ケタケタと笑う幼馴染みに怒りを覚えながら、桃色の髪の少女──月野春に目を向けると、一層不服そうな顔になる。


その変化に気が付いたのか、春は困惑し狼狽えた。


「あ、あの……」


自分だけが感じた重い空気に耐えられなくなった春は、何か話そうと声を掛ける。が、勿論当の本人は答えるはずもなく。


昔から男が嫌でも集まってくるほどの美貌を持った春に、此処まで興味を示さなかったのは稜が初めてだと、薫は心底驚いた。


「時間も時間だし、俺らはそろそろ行くとしようぜ」


そんな空気の重さに全く気付いていない蓮は、教室の壁に掛けられていた時計をチラと見稜に声を掛けると、無言で立ち上がり蓮を置いて行く勢いで稜は立ち去ろうとする。


「ちょっ、待て待て!!俺を置いて行こうとすんなよ!!」


文句を言いながら、早歩きで西校舎から出ようとする稜の背中を追い掛けた。


「春、大丈夫か?」


「うん。でも、あの人の目……。ただ人間が嫌いってだけじゃない気がする」


「あの人……って、雨夜の事か?」


掛けられた問いに対し、春はコクリと頷く素振りを見せた。

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