◇第四話◇

あっという間に五分休みが終わり、自由時間となる。一人で行動する生徒は思いの外少なく、大体は二、三人ほどのグループで行動していた。


「さて、と。テキトーに歩き回ろうぜ」


祭りと違い催し物が有るわけでもなく、基本的に何処の教室にも学校の案内図が貼られているわけで、実際問題迷子になったところでそこまで心配する必要も無い。のだが、それは今のように自由に教室を出入りする事が出来るから言えるわけで、授業中に案内図を確認するためだけによその教室へ赴くのは、ただの恥でしか無いのは言うまでもないだろう。


行く宛てもなくただ校内を歩く稜と蓮の二人。言い忘れていたが、この青京学園は三階建てである。北校舎、南校舎、西校舎、東校舎と四分割されており、一番規模が大きいのは東校舎。別名本校舎と呼ばれる所だ。そして一番小さいのは北校舎だった。因みに西校舎と南校舎はほとんど同じ大きさで造られている。


「取り敢えず北校舎覗いてから西校舎寄ってみようぜ」


「あー。考えるの面倒臭ぇからお前に任せる」


「どんだけ面倒臭がりなんだよ」


無気力に蓮の後に続いて歩く稜。一目見て分かるほど、この与えられた一時間に苦痛を感じているようだ。そもそも、一時間程度で充分なほど見て回れるような大きさの建物でも無い。何の為に与えられた一時間なのか理解が追いつかない稜は、尚の事不快になる。が、通常授業を受けるよりかは遥かにマシだと、珍しく前向きに考えるようになった。


北校舎に着いてみると、近くで見てもやはり小さい事が分かる。本校舎に比べ、五分の一程度しか無かった。


「確か特進クラスって此処に有ったはずだよな」


青京学園は大きく総合進学コース──通称総進と、特別進学コース──通称特進の二つに分かれていた。総進は所謂普通コース。大体の生徒は皆此処に割り振られる。特進は頭の良い成績優秀者のみが入れる特別なコースである。


「さぁな。そもそも特進なんて存在してたのか」


「お前、自分の受けた学校だろ?知らないのかよ」


「興味ねぇな」


バッサリと切り捨てられ、そういえばコイツはこういう人間だったと再確認した様子。この学校を選んだ理由も、偏差値が低く勉強しなくとも入れる学校だと知ったからで、別段入りたかったわけでは無かった。良くも悪くも……いや、悪くしか無いだろう。向上心の欠片も持ち合わせていない男なのだ。


「特進ねぇ。じゃあ何でお前は総進にいるんだ。蓮ならノー勉で簡単に入れんだろ」


そう。稜の言う通り、朝霧 蓮という男は天才だった。小学生の頃は勿論、中学でも中間テスト、期末テスト両方を三年間全科目一位という、好成績を残している。勿論人間なのだから苦手な事も有るのだが、頭脳に関しては苦手な科目は一切無かった。


「特進ってな、総進と違って毎年すげぇシンドいんだと。その上八時間授業だ。やってられるかっての」


総進クラスは朝のHRが始まるのが八時半からなのだが、特進クラスは朝の七時半から一限目が始まりそこからHR、そして総進は十五時半頃に六限目が終わるところを特進はその約一時間後の十六時二十分頃に八限目が終わる。その上毎朝小テスト有りと来た。それは目標の高い成績優秀者しか集まらないのも無理は無いだろう。


「なるほどな。勉強嫌いのクセに全てが得意科目って、頭がおかしいとしか思えねぇ」


「お、褒めてんのか?」


「貶してんだよ」


頭が良いのか悪いのか、ネジがぶっ飛んでいる蓮に対して初めは毎度腹を立てていた稜だったが、知り合ってから約七年も経てばさすがに慣れてくる。一々不満を抱えるのはストレスが溜まるだけだと気付いたようで、諦め気味に溜め息を吐き出す。


「どうせさっきの実力テストも満点なんだろうが」


「え、あっ……いや、それが……」


決まって満点が当たり前だった蓮が珍しく焦りを見せ、稜は疑問を抱き首を傾げた。


「何だ、駄目だったのか?そんな難しくなかっただろ」


「そ、そうなの?」


「……おい。問題すら読んでねぇってのか」


どうやらテストの難易度すら全く把握していなかったらしく、苦笑いをする蓮。


「実はさぁ昨日、俺遂に花の高校生になれたんだって思ってテンション上がっちゃってさ……夜更かししちゃったんだよね……」


「……馬鹿なのか」


全科目で寝落ちしたらしい、テストの結果は容易く想像出来てしまう。毎回運良く残り時間一分を切った辺りで目を覚ましたらしく、五科目全て名前だけは書けたらしいがお察しの通り、それ以外の記入は一切していない。きっと宝の持ち腐れとはこの男の事を指す言葉なのだろう。

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