◇第二話◇
時は過ぎ、帰りのHR。といっても、時刻はまだ十二時を少し過ぎたばかりである。
「担任の
気の抜けた挨拶に戸惑いを隠せない生徒たち。そんな事はお構い無しに、HRでやるべき事が書かれたノートを確認する誠。
「えーっと、自己紹介って書いてあるから、出席番号順に一番から何かテキトーに言ってって」
他人事のように聞いていた稜の動きが一瞬止まり、「そういえば一番は俺だ」と思い出したかのように立ち上がる。
「雨夜稜です」
それだけ言い残し、再度席に座る。またも動揺を隠せないクラスメイトたちはざわつく。
「雨夜くんね。気持ちは分かるけど、さすがにもう少し何か言って欲しいなぁ、先生は」
どよめく生徒たちとは違い、誠は困るどころか眉すら全く動かさずに対応した。担任に言われてしまえば逆らうなんて一番面倒臭い選択肢をわざわざ選ぶはずもなく、仕方無しにもう一度立ち上がる。
「趣味は読書。今のところ部活に入るつもりは無し。よろしくお願いします」
一礼し、椅子に座って肘をつく。少し間が開き、パチパチと乾いた拍手の音が一年三組の教室に響く。
余談であるが、稜にしては細かい自己紹介の内容だったと見受けられるこれは、中学時代の同級生の自己紹介を思い出し真似たものだった。
続いて出席番号二番、三番と続き、三十分と少し掛け最後の三十六番まで自己紹介が終わると、誠は教卓に置かれたプリントの山を廊下側の一番前の席の人物──雨夜稜に渡す。
「人数分取って隣に回して〜」
面倒臭がり度では稜といい勝負をしそうなほど、誠はダラッとした男だった。
そんな担任に対し少々苛立ちを覚えた稜だったが、わざわざつまらないことで問題を起こすのも面倒だと考えたようで、言われるがまま人数分取り隣の席の人物にプリントを渡して、一枚だけ自分用に確保し、残りを後ろに回す。
「で、後は校則とかね……。まぁ生徒手帳見れば分かるし、それは自分たちで確認して」
ノートから目を離さず生徒任せで投げやりにする。まさに教師にあるまじき行為なのだが、それが許されるのがこの高校のある意味凄いところであった。
その後一般常識を注意事項として念の為教える……でもなく、理解している事を前提条件として生徒を見ている誠は、「そんなどうでも良い事に時間を割くのは勿体ない」という理由ですっ飛ばして話を進めた。
「まぁ、先生からは以上です。何か質問とかありますか」
質問があるか問われ、素直に疑問に思った事を担任に聞くという強者が存在するのは、全学年合わせても一クラスあったら良い方だ。と、言いたいところだったのだが。
「白鳥先生」
その強者が此処、一年三組の教室にいてしまった。手を挙げたのは白色の髪でショートカットの
「えーっと、水嶋さんね。どうぞ」
「はい」
本当に質問を聞く気があるのか問い質したくなるほどやる気の無い声を気にする素振りは無く、雪は疑問を担任の誠にぶつける。
「明日テストを行うと伺ったのですが、持ち物は筆記用具のみで宜しいのでしょうか」
いかにも優等生という風貌の雪は、見た目にそぐわしく礼儀正しい性格だった。
テストの話は入学する前に、資料として配られた物の中に記載されていた。テストの内容は明かされていなく、実力試験という事で全員が平等に挑めるようにされているのだ。
「あー、そういえばそんな話もあったな。とりあえず筆記用具は確実に必要です。んで、後はまぁ一応メモ帳とかも用意しといて。どうせ明日は授業無いしね」
「承知致しました。ありがとうございます」
軽く会釈をし席に着く。高校一年生とは思えない言葉遣いにまたも生徒たちは動揺するが、毎度の事なのか、雪は動揺するクラスメイトを全く気にも留めていない顔をする。
「他に質問等ありますか」
雪は例外とし、他に手を挙げる生徒は見当たらなかったため、心無しか誠の表情は軽くなり号令をかけることになった。
「起立。はい皆立って立って」
一刻も早く帰りたい誠は生徒を急かし、立たせる。そんな担任に対し、これからの一年が心配でならない生徒たちは心に不安を抱えていた。ただ一人、稜を除いては。
「気を付け、礼。はい解散。お疲れね〜」
スクールバッグを肩にかけ廊下に向かう生徒たちよりも早く教室から出て行き、職員室へと向かって行く誠の背中を、取り残された生徒たちはただただ眺めていた。
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