◇第一話◇
大きくそびえ立つ私立
『えー、生徒の皆様。ご入学、ご進級誠におめでとうございます』
校長のそんな挨拶に全く耳を貸さず、椅子にもたれ掛かりながらボーッと遠くを眺める生徒で大半を占めていた。学校に慣れていない新入生ですら爆睡している者も多くいた。
そんな中、腕を組みながら体育館の壁に掛けられている時計の針をジッと見つめ続ける新入生が一人。
右分けにされた金色の髪に気だるげな目付き。良くも悪くもない顔立ちは、髪の色に反してあまり目立たない。
よその私立では校則で髪色指定などもあろうが、此処青京学園にも一応存在している校則を生徒たちはお構い無しに無視し続けているのである。初めは教師も注意をしていたようだが、最近になって矯正することはほぼ不可能だと気付いたらしい。
因みにこの男、雨夜稜は今年を一年三組として過ごす事になった。
新入生たちについては、クラスに知り合いのいない生徒で覆い尽くされていると思われる。そのため、入学してすぐ友だち作りに念を入れる生徒が大量発生する。勿論この学校も例外ではない。のだが、稜だけは違った。
この男、厄介この上ないほどの人間嫌いという性格を抱えていたのだ。それも重度の。
例えば、人に触れられただけでも吐き気を催し、話さえも出来るだけ最低限の中の最低限で済ませたいほど。
そんな面倒な性格をしている稜だったが、やっと時計の針から校長へと視線を移した。いつの間にか長いスピーチが終わったようで、司会を担当している教師と交代して椅子に座る。
『それでは三年一組から教室へお戻り下さい』
三年。これは一年に来るまで暫く時間を取られそうだと稜は軽く溜息を吐き出す。
既に帰りたいと思い始めているその男の肩をちょいちょいと指でつつく男子生徒がいた。
「そんな怠そうな顔すんなよ、稜」
隣のクラス、一年四組の生徒。
「校長の話は総じて長ェって相場は決まってんだよ」
「うわァ、相変わらず辛辣ぅ〜」
面倒そうに答える稜と相反し、能天気に反応する蓮。こんな正反対な二人だが、稜が家族以外に心を許したたった一人の存在。それが朝霧蓮という男だった。
「で、そんな稜さんは友だちの一人くらい……出来てるわけねぇか」
「当たり前だろ。一々そんな事のために労力削れるか」
「労力言うなって」
こんな性格をしている稜の事だ。勿論蓮以外の友だちと呼べる者が存在しているはずも無く。ただ、当の本人は全く気にしていない様子。
心を許している、とは言っても、本来の“仲の良い友だち”とは違い、二人は滅多な事が無い限り遊んだりご飯を食べに行ったり……という行為はしない。それもそのはず、フレンドリーで誰に対しても平等に接する蓮とは違い、人間嫌いの上インドア派の稜が誰かと出かけるという事は殆ど無に等しいほど有り得ないものだった。
「なぁなぁ、入学祝いで何か飯でも──」
「一人で行け」
「相変わらず冷めてんなぁ……」
今回で何度目かの誘いに全く乗る様子も無く、気付けば三年生どころか二年生すらも教室に帰り始めていた。
『一年一組から順に教室へお戻り下さい』
そんな教師の言葉で、残された一年生は一組から順に体育館の外へと向かい始める。
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