冬瓜坊

安良巻祐介

 

 「冬の瓜」というあだ名の坊主が擂鉢台の上に座っており、その顔は幾度も通りすがりに撫でられ続けたせいで極端な凹凸が無くなって、すべすべしたなだらかな球形になってしまっている。

 眼窩も鼻の穴も小さくなって、唇も擦り切れて歯だけがちらちらと覗き、人相というものがわからなくなっているが、寿老人じみた福耳だけはすっかり無事で、主にこれを用いて感情表現をする様子である。

 読経なども口より耳を震わして、その震えで一字一句を紡いでいく。それがまた独特のリズムを産んで、路傍の生き本尊としては、向こう十町にも聞こえるほどの御利益を誇っている。

 そのこと、その事実、その在りようが、この浮世の恐ろしさと尊さとを何よりもよく表しているようで、わたしは、そばを通るたびに、歯を食いしばって、…唇から血が出るほどに、歯を。…

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冬瓜坊 安良巻祐介 @aramaki88

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